テーマ : 連載小説 頼朝

第1章 龍の棲む国⑩【頼朝 陰の如く、雷霆の如し】

 生きたいか、死にたいか、どうであろうと宗清[むねきよ]が返答を促す。

 頼朝[よりとも]は、宗清をじっと見据える。
 父や兄者たちの死。清盛[きよもり]に握られた己の命。まだ生きてはいるが、続々と捕らえられつつあるという弟妹たちの行く末。壊滅しかけている一族の明日。
 あらゆることが頼朝の心に爪を立て、容赦なく引き裂きにくる。胸中はかき乱され、揺さぶられ、血を噴き、果てない恐怖に包まれていたが、自分でも驚くほど穏やかに言葉が出た。
 「むろん、生きとうござる」
 宗清は、ほう、と言いたげに目を細めた。
 保元の乱のとき、父・義朝[よしとも]は親兄弟と敵味方に分かれて戦い、勝利した。自身の輝かしい戦功と引き換えに肉親の命乞いをしたが、聞き入れられず、流涕[りゅうてい]するまま義朝は父と弟たちの首を刎[は]ねた。
 平治の乱の首謀者藤原信頼[のぶより]も、命乞いしたが赦[ゆる]されず、公卿[くぎょう]というのに六条河原で処刑された。
 生きたいという頼朝の願いは、これまでの事例に照らすと絶望的だった。それでも希望を尋ねられ、頼朝は実に正直に答えを出した。諦めたくなかったからだ。
 自分が生き延びるということの意味を、少年は深く考えた。そして、自分がこれまで見てきた朝廷の権力抗争を思い出しもした。
 どの権力者の息も長くない。目まぐるしく変わっている。ならば、生きていさえすれば、好機はあるかもしれない。
 むろん、ないかもしれないが……。
 宗清は、ふむとうなずく。
 「世間では潔さを美徳とする向きがあるが、死に急がぬ気質は悪いものではなかろうよ。人には天命があるゆえ、佐殿[すけどの]にまだ成すべきことが残っていれば、万が一があるやもしれぬ。わが殿の御母堂は池禅尼[いけのぜんに]様ゆえ、一度だけお頼みいたそう」
 頼朝は息をのんだ。
 「かたじけない」
 宗清は自分の手をじっと見つめる。
 「佐殿の首は、それがしが刎ねることが決まっておる。されど、戦で奪う命とは違う。こんな年若い公達[きんだち]を手にかけねばならぬのか……吾[われ]にも息子がいるというのに……」
 最後の方は含み声の問わず語りだ。
 ああ、と宗清の本意を汲[く]んだ頼朝は、もう一度心中で深く礼を述べた。
 (秋山香乃/山田ケンジ・画)

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