震災11年 福島の生活は 美術家・乾さん 浜松で報告会

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生から11年目の3月11日、浜松市中区の鴨江アートセンターで、美術家の乾久子さん(同市西区)が、2021年に福島市で開いた個展と、同年に福島県内を旅した様子について報告するトークを行った。参加者との対話を交え、福島の生活や文化の過去と現在を浮かび上がらせた。

福島県内の旅の様子を説明する乾久子さん=3月中旬、浜松市中区の鴨江アートセンター
福島県内の旅の様子を説明する乾久子さん=3月中旬、浜松市中区の鴨江アートセンター

 乾さんは同年3月から12月まで、計6回福島県を訪れた。震災があった11年、3月12日からの新聞1面を黒で塗りつぶす作品を毎日制作した経過があり、10年後に改めて五感で現地を体感したくなったという。
 21年3月11日、福島入りした乾さんは常磐線車中で得がたい体験をした。地震が起こった午後2時46分の直前に電車が緊急停止。異物を感知という車内放送だったが、そのまま発災の時間を迎えた。防災無線が震災で亡くなられた方への黙とうを呼び掛ける。乗客は皆、目を閉じて下を向いた。「奇跡のような1分間。涙がこみ上げてきた。(電車を止めたのは)津波の犠牲者たちの霊魂なのか。偶然なのか」
 浪江町の歴史をたどる小学校を展示室にした「10年間ふるさとなみえ博物館」、南相馬市の海岸を走る人馬の姿、ダムの底に沈んだ村の記憶を抱えた只見町の湖-。春から初冬にかけての福島の姿を、スケッチブックとカメラに収めた。各地で人々に話を聞き、文化や生活様式の多様さ、自然の美しさを知った。一方で原発事故に起因する住民間の分断も目の当たりにした。
 書き留めたドローイングや写真、旅日記は、21年10~12月の福島市内での個展に展示した。乾さんは「震災の傷痕は暮らしの中だけでなく、地元の方が発するちょっとした言葉の中、まなざしの中にそっと隠れている」と振り返った。

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