等身大で共感 K(韓国)文学  親しまれる理由は

 韓国のエンターテインメントが日本で次々にヒットする中、近年韓国人作家の翻訳本がベストセラーになるなど出版界にも韓流ブームが訪れている。韓国文学が日本で「K文学」と呼ばれ、親しまれているのはなぜか。静岡県内でその理由を探った。

韓国文学のコーナー。スペースは拡大する一方という=静岡市葵区の丸善ジュンク堂書店新静岡店
韓国文学のコーナー。スペースは拡大する一方という=静岡市葵区の丸善ジュンク堂書店新静岡店


  

出版相次ぎ コーナー拡充


 「K文学のコーナーはどんどん広がっている。需要はもっとある」。そう話すのは丸善ジュンク堂書店新静岡店(静岡市葵区)の文芸書担当、工島明子さん。海外文学の中で商品を補充する回数は韓国文学が圧倒的に多い。購入するのは20~30代の女性が中心で、「贈り物に」と選ぶ人もいるという。
 大きな反響を呼んだのは、2018年に出版された「82年生まれ、キム・ジヨン」(チョ・ナムジュ著、筑摩書房)。発行部数は23万部を超えた。脳の「扁桃体[へんとうたい]」が生まれつき小さく、感情が分からない少年が主人公の「アーモンド」(ソン・ウォンピョン著、祥伝社)は、20年の本屋大賞翻訳小説部門で1位になった。工島さんは、韓国文学の特徴を「言いたくても言えなかった気持ちを代弁している」とみる。
 こうした作品は日本に限らず世界で翻訳され、注目されている。背景に、韓国の政府機関による、海外出版社に対する翻訳出版への助成や海外でのブックフェアなどの取り組みがある。また、若手女性作家の活躍が著しく、韓国内でも等身大の内容が共感を呼び、人気アイドルらが情報発信していることも大きい。
 日本で出版が相次いでいる一因として、日本で韓国書籍の拡充を図る「K―BOOK振興会」(東京都)は、ドラマ「冬のソナタ」を契機とした韓流ブームから約20年がたち、韓国語の学習者が増えていることを挙げる。同振興会の「翻訳者育成プログラム」の受講希望者は多く、韓国コンテンツの翻訳体制が整い始めているという。
 ドラマに音楽、ファッション、さらに文学まで―。韓国の文化が身近になりつつあるが、この傾向は冷え込んだ日韓関係に影響する可能性はあるのか。県立大国際関係学部の小針進教授(現代韓国・朝鮮社会論)は「文化交流は重要だが、これが及ぼす影響の過大評価は禁物」とした上で、「音楽や映像などは消費行動である一方、能動的に活字を追わなければいけない文学は、韓国人の考え方、日本との違いや共通点を深く知る機会になり、両国にとって無意味ではない」と指摘する。
 

県立大生に聞いた ベストセラー「82年生まれ、キム・ジヨン」

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オンライン上で「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んだ感想を話す(右上から時計回りに)野崎文香さん、竹本亮雅さん、二ツ家萌花さん
 
   ベストセラーとなった「82年生まれ、キム・ジヨン」を、日本の若者はどう読んだのだろう。韓国・朝鮮の社会や文化を学ぶ県立大大学院と同大国際関係学部の学生3人に聞いた。
 小説はキム・ジヨンの半生を淡々と描き、女性というだけで降りかかる困難や差別が精神をも崩壊させてしまう社会構造を映し出す。韓国のフェミニズム小説が注目されるきっかけにもなった一冊だ。

 ■もやもや、小説に
 大学院修士課程2年の野崎文香さん(25)は「違和感に敏感であることの必要性を教えてくれた」と話す。2017年に韓国に留学した際、女性が面識のない男性に殺害された事件に端を発した「#MeToo」運動が拡大していた。帰国し、日本でも同様の運動はあったが、SNS上だけという印象を持ったという。「もやもやした気持ちを抱いていた人は、小説にしてくれたことで『助けられた』と思うのでは」と共感を呼ぶ理由を考察する。
 同じく韓国留学を経験した同学部3年の二ツ家萌花さん(22)は、「男女の対立を表面化させた本」と位置づける。「主人公とは年が離れていて社会が良くなっているところもあるが、男女それぞれが危機感を感じる内容」と感想を述べた。

 ■男女の対立 表面化
 一方で、同学部3年の竹本亮雅さん(21)は、韓国人の男性から、男性にだけ兵役義務があるなど「実際は女性が優遇されている」と小説の内容に抵抗感を示されたことがあるという。主人公の夫の「育児を手伝う」というせりふなど、「フェミニストの中にある典型的な男性像を描いている部分もある」。「ただ、韓国も日本も男性中心の社会は紛れもない事実。実体験のある女性が書いているからこそ話に立体感がある」と話した。

 

私のお薦め 「仕事の喜びと哀しみ」(チャン・リュジン著/牧野美加訳、クオン)

  photo02 庄田祐一さん 「本と、珈琲と、ときどき バイク。」(掛川)店主    
 2000年代に成人、社会人となった「ミレニアル世代」の著者が、同世代の人を主人公に、働くことを通じた感情や人間関係を描いた8編を収録しています。救いのある話ばかりではありませんが、韓国社会や若者のリアルな姿が分かります。韓国独自の表現などから自分の境遇を見つめ直すことができ、読者は前を向けると思います。
 現代の日本社会には、性別や生まれ育った環境などによる差別や偏見があり、そうしたことへの気付きや変化につながる本を仕入れています。自然とK文学が増えました。K文学の特徴であるポップで軽やかな装丁は、いい意味で内容が想像できません。ふと手にした一冊から、新しい視点に出合えるかもしれません。

 

私のお薦め 「ハヨンガ ハーイ、おこづかいデートしない?」(チョン・ミギョン著/大島史子訳、アジュマブックス)

  photo02 菊川真紀子さん あざれあ図書室司書    
 韓国最大のアダルトサイト「ソラネット」を〝爆破〟したフェミニストらを題材にしたドキュメンタリー小説です。性暴力撲滅を訴える「フラワーデモ」の主催者で作家の北原みのりさんが立ち上げた出版社の本で、「間違いない」と手に取りました。
 現代においてアダルトサイトを閉鎖に追い込むのは途方もないことのように感じますが、連帯すれば勝利できると教えられます。日本にこうした成功体験はあるでしょうか。
 作中に韓国のネット上で飛び交う女性蔑視表現が出てきます。一方で、話し言葉からは話し手の性別が分からない翻訳になっているのも特徴です。読んでいると、どれほど自分が性別を意識して生活しているかということに気付きます。

 

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