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平安から続く信仰の場 修験の道、断たれた陰で【残土の闇 警告・伊豆山④/第1章 変わりゆく聖地①】

 2021年7月3日、大規模土石流に見舞われた熱海市伊豆山。この地は平安時代から山岳修験霊場として栄え、山腹から湧く湯が海岸に向かって急斜面を走るように流れ出ていたことから「走湯山(そうとうざん)」の名でも知られる。多くの修行僧が信仰を寄せた“聖地”は、伊豆に流されていた若き日の源頼朝が北条政子と忍び会い、源氏再興を誓った地でもある。

末代上人の供養塔で、太田佐江子さんの冥福を祈る歴史愛好仲間=1月下旬、熱海市
末代上人の供養塔で、太田佐江子さんの冥福を祈る歴史愛好仲間=1月下旬、熱海市

 「母は誰よりも伊豆山の歴史を誇りにしていた」。そう振り返るのは土石流で犠牲になった太田佐江子さん=当時(93)=の長女酒井真理乃さん(66)。太田さんは5年ほど前に亡くなった夫君男さんと共に長年、郷土史の伝承に取り組んだ。趣味で収集した膨大な史料を自宅に保管し、市に寄贈したこともあった。「熱海の歴史文化と教育の振興に情熱を注いでいた」
 太田さんがとりわけ強い関心を寄せたのが富士登山の開祖とされる「末代上人(まつだいしょうにん)」だった。平安時代後期、現在の伊豆山神社と般若院が一体となっていた伊豆山権現で修行を重ね、噴火を繰り返す富士山を鎮めるために経文を山頂に埋納し、富士山信仰の礎を築いたと伝えられる人物だ。
 06年、末代上人の供養塔が熱海市最北部の日金山で発見されたのを機に、太田さんは夫婦そろって地域の歴史愛好者の団体「富士山と末代上人 熱海の会」の発足に尽力した。13年の富士山世界文化遺産登録に向け、同団体の副会長として末代上人の功績や富士山と伊豆山の深いつながりをユネスコ(国連教育科学文化機関)や文化庁に熱心に発信した。
 長年にわたって活動を共にした会長の真鍋梅美さん(80)は「伊豆山を愛していたのに、なぜ土砂に巻き込まれてしまったのか。本人が一番悔しいはず」と太田さんの無念を推し量る。違法な人為行為によって聖地は傷つけられ、「先祖代々、皆で守り続けてきた歴史文化も軽んじられた」と憤りを隠さない。
 真鍋さんは数年前、妙な異変を感じていた。伊豆山の山中には修行僧が通ったとされる富士山に通じる修験道が幾つも残されているが、ある時、その修験道の所々が開発業者によって相次いで通行禁止にされた。「一体、誰が何をしようとしているのか…」。言い知れぬ不安が胸をよぎった。
 その陰で、後に大規模土石流につながる乱開発が進められているとは、このときは思いもしなかった。
      ◇
 熱海市伊豆山の住民は、約1300年前に発見されたとされる日本三大古泉の一つ「走り湯」や山岳修験に象徴される長い歴史と豊かな自然に誇りを持っている。悲劇から間もなく8カ月。地域の営みを支えてきた自然はいかに変貌していったか。時をさかのぼる。
 >消えた「70年前の災害」 「安全なまち」の過去に…【残土の闇 警告・伊豆山⑤/第1章 変わりゆく聖地②】

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