次郎長からっと明るく 町田康さん小説新シリーズ「男の愛」 静岡県のローカルヒーロー主人公に
熱海市に居を移して16年目。芥川賞作家の町田康さんは小説新シリーズ「男の愛」で、静岡県のローカルヒーロー清水次郎長を主人公に据えた。浪曲で知られるアウトローの一代記を、軽妙な会話と大立ち回りを織り交ぜながら喜劇として展開する。「さまざまなエンターテインメントの題材になっている次郎長の、新しい姿を示したい」

物資を満載した千石船、荷揚げ荷下ろしの人足、料理屋、宿屋、遊女屋-。2019年9月から続くウェブ連載をまとめたシリーズの単行本第1弾「たびだちの詩」(左右社)は、にぎわう清水湊[みなと]の描写で幕が開く。
次郎長は幼少期から親しみのあるキャラクターだ。「小学生の頃には映画や歌謡曲を通じて名前が耳に入っていて、20代半ばに(昭和期の浪曲師)広沢虎造の『清水次郎長伝』で本格的に好きになった。語り口が明解で笑いもあって、分かりやすかった」
広沢の次郎長像は「かっこいいヤクザの親分」。だが「男の愛」は少し趣が異なる。ウェブ連載のタイトルは「BL古典セレクション」。同性愛を意味する「ボーイズラブ」の略語「BL」が物語のスパイスになっている。
「ヤクザの世界というのは、男が男にほれて兄弟分になったり、親分子分になったりする。BLと本質的に似通った所がある。人間が集まると『あいつが好き』『あいつは嫌い』といった感情のもつれが必ず生まれるもので、それが濃厚なのがヤクザ社会。ちょっとだけ恋愛感情に近づければ面白い話になると発想した」
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あちこちで騒動を巻き起こす幼少期と、長じて清水を出奔するまでのいきさつをテンポ良く描く。過去作に比べ、喜劇の色合いが強め。登場人物の掛け合いが何度となく笑いを誘う。
「人間のやっていることをあまり加工せずに書くと、おかしかったりする。本人が必死であればあるほど笑える。意図的にコメディーにしなくても、人間がやっていることはだいたい喜劇。語り芸の要素を取り入れて、そうした人間像をからっと明るく描きたい」
江戸時代末期を舞台にしているが、現代に連なるテーマもちりばめる。「娯楽の少ない時代に、ヤクザという人たちは、ばくちや芝居といった享楽、娯楽を毎日手づかみしていた。ところがそんな彼らは、常に心に虚無を抱えている。人間の本質はそこにあるのだと思う」
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13年に始めた「義経記」が下敷きの「ギケイキ」(河出書房新社)も連載が続いている。今年1月に還暦を迎え、小説家としてのキャリアは四半世紀を超えた。長く酒徒として知られたが、19年の「しらふで生きる」(幻冬舎)では、現在も続く断酒の経緯を記し世間を驚かせた。「若い頃はあちこち遊びに行って体を動かしていたが、今は自宅で勉強するのが楽しい」
まちだ・こう 1962年大阪府生まれ。高校在学中に町田町蔵名でパンクバンド「INU」を結成し、81年レコードデビュー。2000年「きれぎれ」で芥川賞、05年「告白」で谷崎潤一郎賞。著書に「ギケイキ」「パンク侍、斬られて候」「宿屋めぐり」など。最新刊は2月8日に出た詩人伊藤比呂美さんとの対談集「ふたつの波紋」。