記者座談会「水守る覚悟」いま一度問う  連載「大井川とリニア」を終えて

 リニア中央新幹線工事に伴う大井川の水問題を取り上げた長期連載「大井川とリニア」は2020年9月から41回を重ねた。特殊な南アルプスの自然環境と水不足に長年悩まされてきた利水者の苦労を伝えるとともに、リニア事業の背景を掘り下げ、専門家による科学的な議論の内容を発信した。事業主体のJR東海の地元対応、信頼構築の現状にも焦点を当てた。取材班の記者がこれまでの取材を振り返り、座談会形式で思いを語った。

大井川沿いに工場が立地する下流部。水は流域住民の生活や産業を支えている=2021年1月(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
大井川沿いに工場が立地する下流部。水は流域住民の生活や産業を支えている=2021年1月(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
実験線を走行するリニア中央新幹線=21年10月上旬、山梨県都留市
実験線を走行するリニア中央新幹線=21年10月上旬、山梨県都留市
リニア中央新幹線工事に伴う大井川の水問題の主な経緯
リニア中央新幹線工事に伴う大井川の水問題の主な経緯
利水関係者や流域市町長が参加し、水問題について意見交換した大井川利水関係協議会=22年1月下旬、県庁
利水関係者や流域市町長が参加し、水問題について意見交換した大井川利水関係協議会=22年1月下旬、県庁
大井川沿いに工場が立地する下流部。水は流域住民の生活や産業を支えている=2021年1月(静岡新聞社ヘリ「ジェリコ1号」から)
実験線を走行するリニア中央新幹線=21年10月上旬、山梨県都留市
リニア中央新幹線工事に伴う大井川の水問題の主な経緯
利水関係者や流域市町長が参加し、水問題について意見交換した大井川利水関係協議会=22年1月下旬、県庁

 

取材班


 中川琳記者 2012年入社。社会部。「大井川とリニア」取材班に20年12月に加わった。リニア工事が先行する山梨、長野、岐阜の各県を訪ね、残土の課題を取材した。

 中村綾子記者 2006年入社。13~16年に政治部でリニアの環境アセス手続きや南アルプスエコパーク登録を巡る動き、19年4月から島田支局で大井川の水問題などを取材。

 大橋弘典記者 2002年入社。19年3月に東京支社から政治部に異動後、県政担当として大井川水問題の取材を始めた。国土交通省専門家会議は全13回、傍聴取材した。

 関本豪記者 2000年入社。11~14年の政治部、14~17年の掛川支局でリニアの取材に携わった。現在の東京支社では、JRや国交省担当の記者と連携して主に国会の動きを取材。
 

科学の重要性と限界 複雑な議論どう伝えるか

 大橋 国土交通省専門家会議は委員の意見に傾聴すべき部分が多々あったが、大井川直下を掘削する際の影響や少雨時の影響予測など肝心な部分に踏み込んでくれなかった。運営側の議題設定がまずかったし、JR東海が提示するデータが不足し、科学的な結論を導くには限界があった。
 中川 川の水は、降った雨が表流水となって地下に染みこんだり、地表に湧き出したりを繰り返しながら流れ下る。この仕組みを知ると、専門家会議の見解も理解しやすくなる。ただ、聞き慣れない専門用語が飛び交い、複雑な議論が続いた。記者自身も理解するのに時間がかかった。読者にどう分かりやすく伝えたらいいか、さらに頭を悩ませた。
 中村 中間報告は尊重すべきだが、科学的、工学的な議論には限界があり、不確実性が残る以上、流域の不安は消えない。専門知識に乏しい一般市民にとってはなおさらだ。
 中川 地質や雨量、川の流量など詳細なデータが集まるほど予測の精度は高まるが、調査には限度がある。科学的な根拠を示すのは重要だが、科学的な正しさは流域の理解や納得に直結しない。
 関本 全量戻しの方法の問題解決を、JRと県、流域市町の協議に委ねるなどした部分は「科学が担える範囲はここまで」という線引きをしたようにも映った。
 中村 当事者である流域自治体には科学的議論の後に、国の関与やJRとの直接協議を求める声もある。そうした流域の思いを県は受け止めてほしい。JRは中間報告を「お墨付き」のように扱わず、リスク対応について流域に具体的で丁寧な説明を尽くせるかどうかが問われる。
 関本 大切なのは今回の科学的な議論の成果と限界を認めた上で、依然としてどのようなリスクが残され、回避するための措置をどう講じていくのか-ではないか。JRは追加調査を含めたすべてのデータを示し、地域に向けて真摯(しんし)に説明することが必要だろう。それは、工事を容認するか、しないかを巡る県と流域市町の政治判断の前提にもなる。

 

環境保全の責務、誰に


 関本 一義的な責任を負うのは事業者だ。南アルプスは今や、ユネスコのエコパークに登録され、地元が持続的な保全を世界に向けて約束したエリア。その一員として共に豊かな自然環境を守る覚悟があるのか、JRにいま一度問いたい。
 中川 リニア工事による影響の有無を把握するためには、上流から下流までの河川流量や地下水位のモニタリング(継続的な計測)が必要になる。JRが主体的に取り組むのは当然として、事業者だけに計測を任せきりにすべきではない。「地域の環境は地域全体で把握し、守る」との視点に立てば、県や流域市町も計測に積極的に関わる必要があるのではないか。JRと協力し、計測したデータを共有する体制を構築してほしい。
 中村 島田支局に赴任し、水返せ運動をはじめとする流況改善の歴史を知った。古くから水力発電所が開発された大井川の表流水は、既にか細い。導水管を通って発電を繰り返した水が下流域に送られている。
 大橋 連載では下流域の利水を中心に取り上げたが、中流域の堆砂や流況の課題にも目を向けたい。景観や生態系の観点で水量が十分と言えるのか、議論の余地がある。
 中村 今でこそ10市町が連携するが、例えば「大井川の清流を守る研究協議会」には長年、水の恩恵を受けているはずの周辺自治体は加わっていなかった。目の前にある「使える水」を減らさないというだけでなく、水利用の現状を知り、川の機能そのものを守ることが「水を守る」ことにつながるのではないか。
 中川 リニア問題は現行の環境影響評価(アセスメント)制度の課題も浮き彫りにした。欧米などでは「戦略的環境アセスメント」が導入され、事業を実施しないという選択肢を含む複数案を整備計画決定前に検討し、総合的に判断する。環境の価値の高まりや持続可能な開発の視点から導入を検討すべきだ。
 関本 今の水問題もいずれは歴史の一部になる。JR、国、県、市町の当事者は後世の評価に耐えられるかまで想像を巡らせ、問題に向き合うことが重要ではないだろうか。それは、私たち地元メディアにも突きつけられた重い課題だと自覚している。
 

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信頼構築と政治の役割 需要と採算、国が検証を


 中川 JRが2018年にトンネル湧水の全量戻しを表明したものの、のちに「工事期間中の一定期間は水を戻せない」とするなど、主張を翻す姿勢も流域には不誠実に映り、不信感が増す一因になった。今後の県有識者会議の対応で流域と信頼関係を構築できるのか試される。
 中村 昨年9月の金子慎社長と流域の市町長との意見交換会は、市町の言い分に耳を傾けるというスタンスを取れるのか、JRの態度を市町が見極めるような場だった。島田市の担当者は「JRとの信頼関係は元々ない。それをどう構築できるか」と言い切る。沿線自治体との関係づくりを怠ってきた企業体質そのものが、リニアの水問題でも大きく影響していると感じる。
 大橋 この取材に関わる前は東京勤務で、当時は川勝平太知事がごねている印象しかなかった。県有識者会議を初めて取材した際、委員の質問にJRの担当者が論点をずらし「必要に応じて対応する」と曖昧な回答を繰り返す場面を見て、印象が一変した。JR資料に事実と異なる記載があると記事で書いたら、JR担当者から「何が問題なのか分からない」と言われた。信頼を失えば事業が進められないと認識できていない深刻な状況だと受け止めた。
 関本 永田町で政治家を取材していても「ここまでこじれた根源はJR東海の企業体質、地元に対する姿勢」「彼ら(JR)自身がそれに気づいていないのが、一番の問題だ」と手厳しい意見を耳にする。13年に南アルプストンネル工事の内容をJRが発表した際、「事業進展、地元理解が鍵」との見出しで、積極的な情報公開と丁寧な説明の必要性を記事で書いた。その時点でも関係者の懸念の声を多く聞いていたからだ。10年近くたってもいまだにJRが「地元軽視」との指摘を受けていること自体が残念でならない。
 大橋 県民がリニアの開業を遅らせているような印象を県外で持たれ、SNSで批判されている。なぜ開業が遅れたのか、ルート選定などの経緯も含めて検証し、責任の所在を明らかにするのは政治の役割だろう。
 関本 新型コロナもあり、足元の社会環境は当初とは大きく変わった。事業認可の前提となった需要予測や東海道新幹線との一元経営の採算性には地元からも疑問が投げ掛けられている。国が改めて検証をすべきだ。「民間事業だから」は理由にならない。県内選出議員には、地元の声を踏まえて国政での議論をリードしてほしい。

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