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母失った悲しみを力に 「人災」確信、闘いを決意【残土の闇 警告・伊豆山③/序章 子恋の森の叫び㊦】

 12月上旬、神奈川県小田原市の市民交流センターの大会議室は超満員だった。同市の有志が企画した危険な盛り土をテーマにした講演会。熱海市伊豆山の大規模土石流で母の陽子=当時(77)=を亡くした瀬下(せしも)雄史(53)=千葉県=は聴衆にこう訴えた。

不適切な盛り土を造成する悪質業者に立ち向かう決意を語る瀬下雄史=12月上旬、神奈川県小田原市
不適切な盛り土を造成する悪質業者に立ち向かう決意を語る瀬下雄史=12月上旬、神奈川県小田原市

 「無能な行政とおとなしい住民が重なったところに悪質業者がはびこる。だからこそ、団結して悪に毅然(きぜん)と対応することが必要なんです」
 雄史は8月に発足した「熱海市盛り土流出事故被害者の会」の会長として、約70人の遺族、被災者の先頭に立って行動してきた。講演活動はこの日が初めて。「伊豆山の悲劇を繰り返させない」。遺族の悲しみや怒りだけでなく、強いメッセージを発する狙いがあった。
 雄史は横浜市育ち。伊豆山は約20年前、両親が海の眺望を気に入って移住した地で、自身も月に1度は訪れていた。7月3日、両親の家は土砂にのみ込まれて倒壊。母は発生22日後に死亡が確認された。パーキンソン病とがんを患い入院していた父はその約1カ月後、他界した。「苦しむだけだから」と、母が先に旅立ったことは最後まで伝えなかった。
 母の死が判明するまでの間、雄史は起点の盛り土に問題があったとの証言を複数の住民から得た。「人災だ」。そう確信し、造成業者の責任を追及する決意をした。ただ、一人で闘える相手ではないことは想像できた。「世論を味方に付けて数の力で闘おう」。独自に被害者の会の草案をつくり、避難所で配布して同志を募った。
 悲しみと怒りを原動力に雄史は8月、遺族の先陣を切って盛り土を含む土地の現旧所有者を業務上過失致死容疑などで刑事告訴。県警は強制捜査に乗り出した。被害者の会は9月、両者などに約32億円の損害賠償を求める民事訴訟を起こした。
 ずさんな工事の末に積み上がった盛り土。その危険性を認識していた熱海市や県にも不信感はある。「もし住民に周知していたら、反対運動を起こすなどして造成業者を追い出せた」。現時点で行政訴訟を起こすかどうかは決めていないが「行政に不備があったことを前提に総括すべきだ。その上で再発防止や復旧復興を語ってほしい」と語気を強める。
 全国にまん延する残土の闇。その構図は伊豆山と全く同じだと指摘する。行政指導を無視して土砂の投棄を繰り返したまま姿をくらます造成業者。その経緯を知らないと言い張る新たな土地所有者。両者に手を下せない行政。そして、危険性を知らされない住民-。「悪質業者が暗躍できない社会をつくるために、声を上げ続けることを忘れないで」。雄史の呼び掛けに、多くの聴衆が共感した。(文中敬称略)
​ >平安から続く信仰の場 修験の道、断たれた陰で【残土の闇 警告・伊豆山④/第1章 変わりゆく聖地①】

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