社説(12月26日)リニア中間報告 「全量戻し」を堅持せよ

 JR東海のリニア中央新幹線南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題を議論してきた国土交通省の専門家会議は中間報告をまとめた。利水者が懸念してきた中下流域の水量への影響は、前提条件として「トンネル湧水量の全量を大井川に戻す」ことで表流水が維持され、これにより地下水量への影響も「極めて小さい」と結論付けた。
 JR東海は「一定期間の工事中は湧水が戻せない」としてきたため、専門家会議は工法の再検討を指示。JR東海が示した、当該期間中も山体が保持する地下水を含め「トンネル湧水として大井川に戻す」とする水収支解析を是とし、本県工事区間の全工程で湧水の全量戻しをJR東海に課した。トンネル工学や水循環などの専門家集団が「全期間、全量戻し」を明示した意義は極めて大きい。堅持すべきであり、国交省は監視する責務を負った。
 静岡県は流域市町や利水者らに報告内容を説明し、県の専門部会でJR東海との対話を再開させる。
 報告書は、JR東海がリスク(不測の事態)分析の重要性に認識が不十分で「説明も適切に行われてこなかった」と指摘した。協議の長期化で「静岡県がごねている」との声があるが、事実関係がつまびらかになった。
 リニアトンネル工事の水問題は環境影響評価(アセスメント)の過程で判明した。県専門部会の委員はJR東海の説明に納得せず、国交省が調整役となり専門家会議を設置。約1年8カ月をかけて協議してきた。
 工事期間中に県外流出する水の戻し方の具体策が残るが、全量戻しの問題解決に一定の方向性が示され、国交省と静岡県の生物多様性の議論はようやく具体策の検討に入る。トンネル工事の着工時期を議論できる状況にはいまだ、ほど遠い。
 全量戻しなら地下水への影響は小さいとした根拠は、地下水の化学的分析に基づき、主要な涵養[かんよう]源が中下流域の降雨と表流水だと評価したためだ。ただ、この見解に従うなら、表流水が維持されなければ地下水量が危うくなる危険性の検証も必要になろう。
 JR東海は中間報告を受けた記者会見でなお、「減水の可能性は低い」のが中間報告の要旨とする考えを示した。受け入れがたい発言だ。静岡県の難波喬司副知事は「中間報告のいいとこ取りのような説明は真摯[しんし]な対応ではない」と批判した。斉藤鉄夫国交相が金子慎社長を呼び、異例の行政指導に至った教訓を反すうすべきだ。
 中間報告はトンネル工事に伴う影響を最小化する善後策の一覧とも言えるが、全量戻しの具体的な作業工程は不明だ。もとより、水収支解析は「計算結果であり不確実性を伴う」と認めている。
 報告に盛り込まれたリスクは、水量に関するものが「地質の差異による地下水位低下の範囲拡大」など12項目に上り、河川水や地下水の水質に影響するリスクも「処理設備の故障」など6項目ある。発生土置き場を含め、今後の地元説明の鍵を握る。JR東海は、リスクを前提とした対応策の説明に重点を置く姿勢に転換する必要がある。
 中間報告には、JR東海が地下水位が低下すると予測した範囲が示された。一部が国立公園内の特別保護地区に重なる懸念がある。南アルプスはユネスコ・エコパーク(生物圏保存地域)に指定されている。静岡市の田辺信宏市長はリニアのアセス準備書に対し、エコパークの取り組みと整合性を図るよう川勝平太知事に意見書を手渡した。今後の生物多様性の議論に主体的に関わるべきだ。
 国が関与し、国土軸の一翼を担うインフラ整備であっても、民間企業が営利目的で行う事業に変わりない。膠着[こうちゃく]、停滞した事態の打開は、一にも二にもJR東海の説明努力にかかっている。

いい茶0
あなたの静岡新聞 アプリ
地域再生大賞