まな娘の顔、亡き母の面影 独りぼっちから新たな家族

 東日本大震災から6年後、胸に抱いた生後数カ月の娘の顔をそっとのぞき込んだ。亡くなった母にそっくりで生まれ変わりのようだった。宮城県石巻市の嶺岸美紗子さん(35)は、震災で両親と祖母を失った。独りぼっちになった寂しさを埋めるように13年間懸命に生きてきた。守りたい家族もできた。愛するわが子に両親を重ねる。「楽しく暮らしてるよ。心配しないで」

津波で犠牲になった家族の写真を手に、思い出を語る嶺岸美紗子さん=1日、宮城県石巻市
津波で犠牲になった家族の写真を手に、思い出を語る嶺岸美紗子さん=1日、宮城県石巻市

 あの日、自宅にいた嶺岸さんは、父榊健之さんと母ひとみさん、祖母美代子さんとともに津波にのまれた。灰色の海が広がり、自宅近くの母校は赤く燃えていた。遺体安置所に泣きながら通い、約1カ月後、祖母が見つかった。
 半年後、市内で1人暮らしを始めた。「本当に1人になっちゃった」と初めて実感した。震災直後から両親が夢に出てくるようになった。料理上手だった母に料理を教わればよかったと後悔している。2013年、母が見つかったが父はいまだ行方が分からない。
 幼稚園からの幼なじみだった男性と再会し17年に結婚した。家族がほしいと願っていたが「自分の居場所ができた」と感じた。同年6月、待望の第1子を出産した。ある夕暮れ時、あやしていた娘の顔に母の面影が重なった。「そばにいるよ」という母からのメッセージのようにも思えた。翌年には息子を授かった。
 子育てに追われ、いつしか両親が夢に出てくることもなくなった。母がどんな声だったかも思い出せなくなった。「もう私たちのことは考えなくていいよ」。そう言われている気がした。
 両親に孫の顔を見せてあげたかった。子どもには「じいじ、ばあばに会わせてあげられなくてごめんね」と思う。毎年3月11日は自宅跡で過ごし、亡くなった人を思い浮かべ、感情のまま泣こうと決めている。
 元日の能登半島地震。被災地の光景にあの日がフラッシュバックした。ニュースで家族全員を亡くした男性を見た。「あの時の私」に重なった。今すぐにでも男性の手を握り「大丈夫。生きていれば良いことがある」と伝えたい。13年前、全てを失い「心から笑える日なんて来ない」と諦めた。でもここ数年で心の底から笑えるようになったから。時間はかかるが「生きることを諦めないで」。

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