識者コラム「現論」 地震対応、二刀流で 不確実情報を有効活用 矢守克也
「3・11」の陰に隠れた感があるが、今から思えば、その2日前、2011年3月9日に起きた出来事の意味は小さくはなかった。この日、三陸沖を震源とする地震が発生し、最大震度5弱を観測、太平洋沿岸に津波注意報が発表され、実際に津波を観測した地域もあった。この地震は、2日後に発生した巨大地震と関連する地震(先行地震)とみられている。

南海トラフ地震についても、同様の出来事が起きたことがある。隣接する領域で地震が続けて発生した事例である。安政東海地震(1854年)の際には、その約32時間後に安政南海地震が発生した。昭和東南海地震(1944年)の2年後には、昭和南海地震(46年)が発生した。時間差は異なるが、相次いで起きた二つの地震の間には、関連があると考えられている。
要するに、これらの地域では、いったん大規模地震(先行地震)が発生すると、続けて大規模な地震(後発地震)が発生する可能性が高まると考えられる。
以上を踏まえて、近年、地震に関する情報が新たに二つ誕生した。一つは「南海トラフ地震臨時情報」(2019年運用開始)、もう一つは、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」(22年運用開始)である。両者には違いもあるが、共通する点も多い。
第一に、両情報とも、原則として、(先行)地震が発生した直後に、後発地震の発生に対して注意を促す情報である。気象庁によれば、先行地震の発生後、特に1週間程度は普段よりも地震発生の可能性が高い。
第二に、とはいえ、1週間程度の間に後発地震が発生しない場合も多い。1週間が経過した後で大規模地震が発生する可能性もある。つまり、両情報とも、不確実性が極めて高い情報である。
「地震は来るのか来ないのか、はっきりさせてほしい」―。お気持ちはごもっともであるが、今の地震学にできることはここまでと受け止めて、せっかくの情報を有効活用する方法を皆で考えていくことが大切である。
そこで鍵になるのが、「二刀流」である。何でもかんでも大谷翔平選手にあやかろうというのではない。両情報に「当たり外れ」が伴うことを踏まえると、文字通り「二刀流」が必要になるのだ。防災対応の強化と、日常生活の継続という「二刀流」である。
両情報は、「いつ、どこで」は特定できないものの、普段と比べると大規模地震が発生する可能性が高いと警告している。だから、それを受けて、家具固定、物資の備蓄など家庭での地震対策を十二分に見直してほしい。
自治体は災害に即応できるように体制を強化すべきだし、一般企業などでも同様である。さらに、津波のリスクが高い地域や避難が困難な人については、事前避難が求められる場合も生じる。
他方、結局何ごとも起きない場合も多い。だから、あまり極端な対応は望ましくない。例えば、生産・物流・小売りが全てストップしたのでは、肝心の防災グッズが店舗から消えてしまう。いいかげんな情報でパニックが発生すれば、それがもたらす社会的混乱の方が深刻だったといったことになりかねない。
また、「あんなに大騒ぎしたのに、何も起きなかった」となると、情報自体の信頼性が低下して、次に同じ情報が出ても、誰もまともに取り合わないといった事態も想定される。
要は、日常生活を続けながらも、何も対策をしないわけではなく、弱点になりそうな防災上の部分を中心にしっかり見直し、強化する。そして、仮に何も起こらなかったとしても、「空振り」ではなく、将来に向けた準備・練習、つまり「素振り」だったと理解する。このような意味での「二刀流」が重要なのだ。
既にお気づきの読者も多いだろう。実は、私たちは、似たような出来事を近年体験した。「感染対策に留意しながら、社会経済活動も回す」。この「二刀流」を新型コロナウイルス禍で余儀なくされてきたのだ。その間、多くの苦しみを味わい、失敗も多数経験した。
しかし、危機対応と日常生活との「二刀流」のための知恵やノウハウもそれなりに積み重ねてきた。今こそ、それを生かすべきときである。(京都大防災研究所教授)
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やもり・かつや 1963年、大阪府出身。大阪大大学院博士課程単位取得退学。奈良大助教授などを経て2009年から現職。「防災心理学入門」「〈生活防災〉のすすめ」など著書多数。日本災害復興学会会長、地区防災計画学会会長。