【フォーカス憲法】憲法学者の長谷部早大教授に聞く 改憲論議、安全保障、家族と個人の在り方も
日本国憲法は5月3日の憲法記念日で施行76年。憲法への自衛隊明記や緊急事態条項といった改憲論議、安全保障、家族と個人の在り方などの課題について、憲法学者の長谷部恭男早稲田大大学院教授に聞いた。(共同通信編集委員 竹田昌弘)
▽自衛隊明記、必要性が不明
―衆院の憲法審査会では自衛隊を明記する案が論議されている。どのように考えるか。
「政府は憲法9条の下でも自衛隊の存在は認められると言ってきた。今更明記する必要性が分からない。自衛隊は外国の軍隊とは異なる日本独自の組織なので、権限や指揮系統、何ができて何ができないのかを憲法に書き込むのは難しい」
―岸田文雄政権が閣議決定した安全保障関連3文書に「反撃能力」と言い換えられた敵基地攻撃能力が記載された。
「北朝鮮の弾道ミサイルを巡る2023年4月13日のJアラートを見ても分かるように、ミサイルはどこへ飛ぶか分からない」
「それなのに、日本へ向けてミサイル発射を準備しているとして他国の基地を攻撃すれば、典型的な先制攻撃となり、憲法にも国際法にも反する。それに敵の基地を巡航ミサイルのトマホークで攻撃しても、それより高速の弾道ミサイルを撃たれてしまえば意味がない」
―政府と自民党は、ロシアの侵攻が続くウクライナを念頭に、殺傷能力のある武器の輸出を解禁したい考えだが。
「他の国と同じことをやりたい症候群なのだろう。殺傷兵器を提供しても、米国と比べれば、すずめの涙。日本なりの国際貢献のやり方があると自信を持つべきだ」
―いわゆる台湾有事のシナリオが改憲や安保の議論に与える影響は。
「米国も日本も『一つの中国』を認めているので、もしも中国と台湾との間で武力衝突が起きても、それは中国の国内問題だ。米国がそれに武力介入すれば、中国への武力攻撃に他ならず、正当化のしようがない」
「また米軍が日本の基地から出動する際、日米安保条約に基づく事前協議がある。日本が了解すれば、米国の攻撃に加担することになるので、少なくとも国内の米軍基地は攻撃対象となる」
「拒否すれば、日米同盟はおしまい。日本は武力衝突が起こらないようにすることを、まず第一に考えなければならない」
―多数の市民が安保法制は違憲だとして争っている訴訟で、4月に証人として法廷に立った。
「従来の憲法解釈は、日本が武力攻撃を受けた場合、国民の生命、自由が根底から覆されるおそれがあるので、自衛権を行使できるが、外国が攻撃されてもそうしたおそれはなく、集団的自衛権は認められないとしていた」
「安保法制に先立つ安倍晋三政権による2014年の閣議決定は、これの一部を切り取って集団的自衛権の行使を容認した。解釈変更に論理的整合性がなく、どういう場合に何ができるのかという、憲法上の規律がない状態にしてしまった」
「こうした変更は、憲法改正の国民投票で承認されなければならないのに実施されず、国民投票という基本的な権利が侵害されたと述べた」
―衆院憲法審では、緊急事態に衆院議員の任期を延長する条項も議論されている。
「憲法は、衆院解散時の非常事態に参院の緊急集会で対応すると定めている。緊急集会で決めるのは暫定的措置であり、平時になって衆院が同意しなければ効力を失う」
「任期延長で衆院が存在していると通常の法律が成立してしまい、暫定的措置にとどまらず、非常事態に名を借りて平時の法秩序を変えることもできてしまう。緊急事態条項は必要ない」
▽独立組織介入は立憲破壊
―イスラエルのネタニヤフ政権は、最高裁が基本法(憲法に相当)違反と判断しても国会が覆せるようにしたり、最高裁判事の任命に政府の影響力を高めたりする案を提示し、大規模な反対デモに発展したが。
「選挙で勝ったから正統性があると言って、独立していることに意味がある組織の権限を縮減したり、人事権を掌握して言うことを聞かせようとしたりするのは、立憲民主主義の構造を破壊する企てだ」
「似たようなことはハンガリーなどでも行われ、日本でも安倍政権が人事で内閣法制局の権威を壊してしまった」
―菅義偉政権が日本学術会議の会員任命を拒否し、法改正が検討されている問題も同じか。
「憲法が保障する学問の自由とは、研究者集団や学問分野でそれぞれの手続き、方法で真理を探究する自律性を確保することを言う」
「学問の結果は政治的、社会的に大きな影響を及ぼすので、独立していなければならないからだ。独立の中核は人事であり、学術会議の問題は学問の自由侵害以外の何物でもない」
―安倍氏の銃撃事件で、自民党などとのつながりが明らかになった世界平和統一家庭連合(旧統一教会)については。
「少数派の宗教団体がサイズに見合わない、大きな政治的影響力を発揮できることに気付かされた」
「少数派でも例えばシングルマザーは、バラバラなので、政治に影響力を行使できず、負け続けだ。そういう人たちに目を向ける必要がある」
―政治的公平に関する放送法の解釈変更を巡る行政文書が公開され、首相補佐官の働きかけが明らかになった。
「放送法の冒頭(1条2項)には、放送の『自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保する』とあり、政治的公平も放送局が自律的に判断し、政府は介入できない。政府も昔はそう考えていた」
「首相補佐官が裏の影響力を行使するかのように、総務官僚に働きかけるのはやめるべきだ」
―新聞を読んだり、テレビを見たりする人が減り、インターネットで情報を得る人が増えた。フェイクニュースや誹謗(ひぼう)中傷など表現の自由を巡る問題が浮上している。
「どういう情報が危ないのか、子どものときから教えないといけない。新聞やテレビは情報を集め、事実であることのウラを取り、ニュース価値も考えて記事や番組をつくる。手間とコストがかかることを認識することもリテラシーの一端だ」
▽家族でも個人尊重明確に
―同性愛者がパートナーと家族になる法制度がない現状を「違憲」「違憲状態」とする地裁判決が相次いだ。婚姻は両性の合意に基づくと定める憲法24条との整合性は。
「『両性』とあるので異性婚を想定していたのだろうが、同性婚を排除していると解釈するのは読み込みすぎだ」
「地裁は政治部門に対し、異性婚と同等の法制度が必要だとメッセージを送っている。昔は地・高裁の判決にも政治は反応していたが、安倍政権以降、反応しなくなった」
―同性婚に加え、選択的夫婦別姓や離婚後の親権など、個人と家族の在り方が問われている。
「最高裁は婚外子の相続差別を違憲とした2013年の決定で、家族の中でも『個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らか』との判断を示した。現状の法制度はそうなっているか、改めて考えてみてくださいということではないか」
▽長谷部恭男さんの略歴
はせべ・やすお 1956年広島市生まれ。東京大教授、ニューヨーク大客員教授などを経て、2014年から早稲田大大学院教授。専門は憲法学。日本公法学会理事長も務める。近刊は「歴史と理性と憲法と」「憲法 第8版」「憲法講話 24の入門講義」など。
▽言葉解説(1)「安全保障関連3文書」
政府が2022年12月に閣議決定した(1)国家安全保障戦略(2)国家防衛戦略(従来の「防衛計画の大綱」)(3)防衛力整備計画―の三つ。(1)では「積極的平和主義」の基本原則を維持するとし、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を明記した。(2)に防衛装備移転三原則や運用指針の見直し検討、(3)には米国製巡航ミサイル「トマホーク」などの導入が盛り込まれている。
▽言葉解説(2)「一つの中国」
中国の本土と台湾は「不可分の領土」であり、台湾は「中華人民共和国」の一部と主張する中国の立場を指す。中国は台湾の問題を「核心的利益」と位置付け、各国に干渉しないよう求めてきた。日本は1972年の日中国交正常化に当たり、米国は1979年の米中国交樹立に際して、それぞれ「一つの中国」の立場を尊重、支持し、台湾と断交している。
▽言葉解説(3)婚外子相続差別違憲判断
最高裁は2013年9月の決定で、婚外子の遺産相続分を法律上の夫婦の子の半分としていた民法900条4号ただし書きは差別に当たり、憲法14条1項の「法の下の平等」に反すると判断した。家族の中でも「個人の尊重」がより明確に認識されてきたことや、子には自ら選択、修正できない事柄を理由とした不利益は許されないことなどを理由に挙げた。