視標「ウクライナ侵攻1年」 日本社会に難民迎える力 政府は差別なく支援を 明治学院大教授 阿部浩己

 ロシアによるウクライナ侵攻は、1年の時を経て、なお終結の見込みが立たない。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、1月現在、近隣の国に逃れた者は約800万人、国内で避難を余儀なくされた者も600万人に及ぶ。戦争のまがまがしき実態を見せつける数字に相違ない。

阿部浩己・明治学院大教授
阿部浩己・明治学院大教授

 この大規模な緊急事態に対する各国の反応は、前例がないほど手厚い。欧州連合(EU)では史上初めて「一時的保護」措置が発動され、500万人が最長3年間にわたって就労・住宅・医療などのサービスを受ける資格を得た。カナダも緊急の入国促進措置を取り、米英両国では民間による補完的な受け入れが推進されている。
 日本でも、政府主導の下、自治体や民間の人々が歓待の精神を解き放つように支援に当たってきた。ただ、奇妙なことに政府は、ウクライナからたどり着いた者を「避難民」であって難民ではないという。戦火を逃れ出た者は難民条約上の難民ではないので、別枠で保護しなければならないというのだ。
 だが、UNHCRが指摘するように、戦時であっても、条約の定める要件を満たす者は難民に他ならない。実際のところ、ウクライナから脱出した者は、国籍などを理由に重大な危害を受ける現実の危険性に直面しており、その難民該当性が強く推定される。「避難民」という言葉が用いられようと、難民の要件を満たす者は国際法的には難民なのである。
 日本に避難の地を見いだした者は現時点で約2300人に上る。この大がかりな難民の受け入れが、「対ロシア」を念頭に置いた特殊な地政学的考慮に起因することは言うまでもない。にもかかわらず、今般の経験は、保護の門を固く閉ざしてきたこの国のあり方を変革するきっかけになり得る。
 何より、ウクライナから来日した者が続々と迎え入れられる情景は、政府の制度的支援さえあれば、日本社会に難民を受け入れる十分な力があることを示している。民間の人々が主体的に難民の支援に当たるさまは、カナダが垂範してきた「プライベート・スポンサーシップ」(民間主導の難民受け入れ)に連なるものであり、今後に向けて大きな可能性を示唆している。
 民間が関わる受け入れは、しかし、政府の責任を軽減するものであってはならない。ウクライナ難民に対する厚い公的対応は、日本で保護を求める他の難民にも等しく提供されるべきものである。難民の保護は、外交的配慮を旨とするのではなく、人間の尊厳の確保に差別なく資するものでなくてはならない。
 併せて重要なのは、日本の難民条約の運用を普遍的水準に引き上げることである。戦争からの避難者を受け入れるため、難民に準ずる地位を新設する必要があると政府はいうが、肝心の難民要件がこれまでのように正確性を欠き、極端に狭く解釈され続けるのでは、本末転倒もはなはだしい。
 ウクライナ難民支援を奇貨として、国際標準を適切に踏まえた公正な難民保護・受け入れの実現に向けた取り組みを本格化していくべきである。
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 あべ・こうき 1958年東京都生まれ。早稲田大博士(法学)。神奈川大教授を経て現職。著書に「国際法を物語る」シリーズなど。

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