視標「原発処理水を放出へ」 漁業のために凍結を 国民参加で解決せよ 福島大准教授 林薫平

 政府は今年1月、東京電力福島第1原発で貯留する処理水の海洋放出について「今年春から夏ごろ」の開始を確定した。東電が2021年8月に計画した放出設備が完成する時期に合わせる。

林薫平・福島大准教授
林薫平・福島大准教授

 そもそも処理水の保管スペースも資金も時間も全然ない、廃炉を優先したいという東電の差し迫った要請から、やむを得ず放出が選択された。
 ところが、この全長1キロ、整備費350億円の放出用海底トンネルの整備が後から出てきて時間を使っている。海を大事にする漁業者側は要望しておらず、ふに落ちない。掘削で出る土砂の保管、放出終了後の設備をどうするのかも疑問だ。
 福島県の沿岸では、水揚げした魚を検査して安全を確認後、市場の受け入れ状況を見ながら出荷してきた。現在は試験操業から本格操業に向かう段階にある。魚の種類によって震災前の2割台、3割台まで漁獲・流通量は戻ってきたが、市場での地位は回復途上だ。
 国の「がんばる漁業復興支援事業」に基づいて5年間で漁獲量を震災前の5割以上まで戻す短期集中型の増産計画を、相馬双葉などの地元漁協が地区や漁法ごとに策定し取り組み始めている。この計画の成果が表れる23~25年までが漁業復興の行方を決する。
 漁業者側は15年、汚染水漏えいの緊急対策として地下水の放出は受け入れた。その際、原子炉下部の汚染水は絶対に漏らさず、くみ上げ地上保管するという「陸と海の遮断」で政府・東電と合意した。これによって沿岸漁業は何とか事故原発との共存を図ってきた。
 新たな処理水の放出は、この合意を崩す。必要なのは今の増産計画が成果を上げるまで継続できる環境の保証だ。少なくとも25年まで放出案は凍結すべきである。
 東電は19年に「復興と廃炉の両立」を掲げたものの、廃炉に伴う処理水の処分計画を地元漁業者無視で進めており、両立には程遠い。廃炉を進めながら確実に地元が復興できる方策について、国民参加の円卓会議や国会のような公の評議に付すべきである。
 この評議の場では、損傷した原子炉・溶け落ちた核燃料の現状、地下水・汚染水の対策、廃棄物や処理水の貯蔵など原発廃炉の課題と、地元自治体や産業の復興の課題を共にテーブルに載せる。
 そして限られた東電のスペースと時間、資金をどのように使うかについて、漁業者や地元自治体を含めた復興側の関係者と一緒に議論する。廃炉の遅滞にはアクセルを踏み、復興の阻害要因は丁寧に除き、廃炉と復興を両立させる道を粘り強く探るこれまでなかった枠組みになるはずだ。
 これまで原発のスペースの使用実態や廃炉費用、廃炉の時間軸・優先順位に関して十分知らされず、国民は決定にも加われなかった。処理水に含まれるトリチウムの化学的な性質、放出時の希釈と安全性評価だけを知らされ、疑問を持つと「風評被害を招く」と言われるので沈黙する。
 それでは傍観者だ。今は国民の介入こそが必要である。まず福島の漁業者がなぜ復興の出発点として15年の合意にこだわり、放出に抵抗するのかを知ってほしい。
 その上で、圧倒的な政府・東電の資金力、発信力とは非対称の状況にある漁業者の苦闘を知る。次に、その差を埋め合わせる公平な姿勢で評議に参加し、復興と廃炉の真の両立を一緒に考え、解決の道を探ってほしい。
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 はやし・くんぺい 1978年神奈川県生まれ。東京大修士(農学)。2013年から福島大。福島県地域漁業復興協議会委員。みやぎ生協・コープふくしま理事。

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