北海道とトヨタの共通点は? 独自の「言葉」が生むイノベーション【茂木健一郎のニュース探求】
仕事などで北海道に行くと、耳にする会話に時にユニークな響きがあって心が弾む。しかも、他の地方にはあまりない大きな特徴がある。
それは、北海道の方々は、自分たちの表現がローカルなものだと必ずしも思っていないということだ。つまりは、北海道だけの「方言」ではなくて、日本中の人がそのような言葉を話していると思っているケースがしばしばある。
たとえば、「あずましい」という言葉は気持ちがいいとか、ゆったりするというような意味で、その否定形の「あずましくない」もしばしば使われる。北海道出身の方で、これらの表現を日本中で使っていると思っている人にしばしば出会うのである。
ペンが「書かさる」、ボタンが「押ささる」といった表現についても、同じである。自分が必ずしも意図したのではないかたちでペンやボタンが「働いて」しまうことを指す。独特のニュアンスであるが、全国でそのような表現を用いていると思っている北海道の方が時折いらっしゃる。
言葉だけではない。北海道の素敵(すてき)な習慣として、「炊事遠足」というものがある。野外でピクニックをして、自分たちで料理をつくって楽しむことだが、北海道開催の講演会で、「炊事遠足は他の地域ではやっていないって知っていますか?」と聞くと、かなりの方が「えーっ!」と驚いた声を上げて、そのあと会場がざわざわする。
結婚式が会費制で、その金額がほぼ決まっていたり、お葬式などでお香典の中身をその場で空けて領収書を出すといった北海道の習慣も、「他ではやっていません」というとびっくりした顔をする方がしばしばいらっしゃる。
おそらく、北海道が地理的に大きく、自分たちで文化や習慣を工夫してつくってきた歴史が長いので、その自律性が身に染み付いているということなのだろう。つまりは、独自のやり方が生活と密着しているということである。
興味深いことに、例えば東京に出てきて何年かたつ北海道出身の方でも、「炊事遠足って、東京ではやらないですよね」と指摘すると、「えーっ!」と驚いて、そのあと「あーそう言えば聞いたことないですね」と初めて気づかれるケースもある。まさに「北海道あるある」なのである。
他の地域では、自分たちの話している言葉は独特の「方言」だと最初から自覚していることが多いように思う。一方、北海道の方々は自分たちのやり方に対しておおらかで、自然である。多様性が求められる時代に、とても素敵なことだと感じる。
ところで、以前、意外なところで北海道と似たような経験をしたことがある。
本の取材で、愛知県のトヨタの工場を取材させていただいた時のこと。トヨタと言えば、「トヨタ生産方式」や「カイゼン」など、世界中にインスピレーションを与える独自の取り組みの積み重ねで有名である。その文化が、ユニークな「言葉」の数々で支えられていることを知った。
工場で説明を受けている時に、トヨタの社員さんが使っている言葉の中に、時々ニュアンスがわからないものがあった。それで、「それはどのような意味でしょう」と聞くと、初めて気づいたようにハッとされて、「ああ、そうか、これはトヨタでしか通用しない表現でしたね」と笑いながら言われた。
親しいコミュニティーの中で、濃密なやりとりをしているうちに、自然とユニークな言葉が生まれる。それがあまりにも当たり前になってしまったがために、他では使われていない表現だと気づかない。そんな素敵な雰囲気がトヨタの工場にはあった。
独自の文化があり、それに対応する言葉があるという点で、北海道とトヨタには通じるところがあるのかもしれない。そして、それは新しい文化や技術が生まれる「イノベーション」にもつながっている。
先日札幌を訪れた時、お酒を飲んだ後の「シメのパフェ」というのが流行(はや)っていると聞いて驚いた。考えてみると、味噌ラーメンやカレースープなど、食だけをとっても数々の斬新な文化が北海道から生まれている。そのような土壌の背後に、自分たちだけの言葉を自然に使う習慣があるのだろう。
北海道とトヨタは、意外なところで結びついている。自分たちだけの言葉をそれと気づかずに使って新しい文化を生み出す動きは、きっと日本の各地にあるのだろう。そう考えると、心が根っこから豊かになる気がする。(茂木健一郎 隔週木曜更新)
☆もぎ・けんいちろう 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年東京都生まれ。東京大学大学院物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。新聞や雑誌、テレビ、講演などで幅広く活躍している。著書に「脳とクオリア」「脳と仮想」(小林秀雄賞)など多数。