テーマ : 読み応えあり

コロナ下でも直接面会を貫いた老人ホーム 施設長の覚悟 支えは面会家族からの感謝の声「最期までずっと親に会えた」

 新型コロナウイルスの感染が国内で始まってもうすぐ3年。「ウィズコロナ」で対策が緩和されてはいるが、病院や高齢者施設では、まだ多くが面会制限やオンラインでの面会を続ける。ほとんど会えないまま家族をみとった人、子どもや孫のことが分からなくなってしまった親…。多くの人がもやもやした気持ちを抱えながら過ごしている。そんな中、原則として対面の面会を続けている老人ホームが東京都内にある。感染対策を取った上ではあるが、異例の対応だ。背景には、施設長のこんな覚悟がある。「ホームは病院ではなく、家と同じ。家で家族と会えないのはおかしい」。当初は職員の間で反対もあったが、入所者本人にとっても、家族にとっても直接会えることは大切。議論を尽くした結果、意見は一致した。2年半にわたり直接面会を貫く姿勢に、家族からは感謝の声が上がる。ただ、あまり知られていないが、実はかなり前から政府は対面の面会を検討するよう促している。(共同通信=市川亨)

ひのでホームに入所している母親(左)と面会する出羽郁子さん=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
ひのでホームに入所している母親(左)と面会する出羽郁子さん=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
社会福祉法人「芳洋会」が運営する特別養護老人ホーム「ひのでホーム」=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
社会福祉法人「芳洋会」が運営する特別養護老人ホーム「ひのでホーム」=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
ひのでホームの古山雄一施設長=10月13日、東京都日の出町
ひのでホームの古山雄一施設長=10月13日、東京都日の出町
ひのでホームに入所している母親(中央)と面会する石巻めぐみさん(左)と父親=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
ひのでホームに入所している母親(中央)と面会する石巻めぐみさん(左)と父親=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
ひのでホームに入所している母親(左)と面会する出羽郁子さん=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
社会福祉法人「芳洋会」が運営する特別養護老人ホーム「ひのでホーム」=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)
ひのでホームの古山雄一施設長=10月13日、東京都日の出町
ひのでホームに入所している母親(中央)と面会する石巻めぐみさん(左)と父親=11月22日、東京都日の出町(同ホーム提供)


入所者や家族の視点に立ったら?
 東京の多摩地域、八王子市の北に位置する日の出町。特別養護老人ホーム(特養)「ひのでホーム」は街から少し離れた場所に立つ。社会福祉法人「芳洋会」(同町)が運営する定員200人の大きな施設だ。
 2020年春の1回目の緊急事態宣言の時は、このホームも面会を中止した。しかし、同年5月下旬に宣言が解除されると同時に対面の面会を再開した。
 職員からは反対の声も出て、激論になった。「入所者が感染したら、どうするんですか」「怖い」。施設長の古山雄一さんが重視したのは「安全」はもちろんだが、特養は病院とは違い、家と同じように生活の場であるという点だ。
 「家で子どもや孫に会えないということがあるだろうか」「家でもマスクをずっとしているわけではないでしょう」と古山さん。
 何より、要介護度が重い高齢者が入る特養では、次の年も入所者が生きている保証はない。亡くなるまで会えなかったら、家族はずっとその思いを引きずる。「事業者側の視点に立てば、面会制限ということになるが、入所者や家族の視点に立ったらどうなのか」。議論を尽くし、最終的には古山さんが決断。職員たちも納得したという。
 もちろん基本的な感染対策は取った上での面会だ。重症化率や死亡率などのデータを見ながら、流行状況に応じて対応を職員間で議論したが、対面の面会を中止することはなかった。面会制限をしていた他の介護施設でクラスターが頻発する中、2年余りの間、ひのでホームでクラスターは起きなかった。

「家族を引き離すのは人権侵害」
 だが、22年夏の「第7波」は免れなかった。8~9月にかけて職員7人と入所者24人が感染。3人が死亡した。ただ、面会が原因ではなかったと思われる。感染者は入所者全体の12%に食い止めた。
 さすがにこの間は対面の面会は中止した。それでも、感染して亡くなった人の場合は家族に防護服を着てもらい、最期の面会は維持した。
 クラスター収束後は対面の面会を再開。流行状況によって人数や時間は変えているが、予約制で「1フロア1日4組まで。時間は30分」といった具合だ。個室の人については部屋まで入っていける。孫にも会いたいだろうから、15分と短くしているものの子どもも面会可能だ。
 古山さんは言う。「家族を引き離すようなことは人権侵害になってしまう。そんな権限は私たちにはない。生きる充実感を持ってもらうため、知恵を絞る努力が必要だと思う」
 他の介護施設では、職員にも店での飲食といった行動を控えるよう求めているところが少なくないが、ひのでホームは「少人数であればOK」にしている。「ずっと外食しなかったら、職員だってうつ病になってしまう」。それより、体調が悪くなったら出勤しないことを徹底しているという。

「感染の不安より感謝の方が大きい」
 施設が対面の面会を続けていることを入所者の家族はどう思っているのか。
 都内に住む石巻めぐみさん(61)は、母親(85)が21年8月から入所している。その前に入院していた病院ではオンライン面会だったが、母親は認知症があるため「なんで会えないの?」と混乱気味だったという。石巻さんは「直接会えるのはやっぱりうれしい」と話す。
 実は、クラスター発生の際には母親も感染した。ただ石巻さんは「それまで感染を起こしていなかったので、『どうしてくれるんだ』なんてことは思わなかった」。母親はその後、無事回復。石巻さんは「面会をさせてくれていることに感謝している」と話した。
 同様に母親(90)がひのでホームで暮らす都内の出羽郁子さん(65)は、月1回ほど面会に訪れる。「オンラインと対面では、やっぱり全然違う。母も喜ぶし、実際に行くことで施設内の様子や職員の雰囲気も分かるので、安心する。感染の不安より面会させてくれる感謝の方が大きい」と取材に答えた。
 施設長の古山さんは「クラスターで亡くなった入所者のご家族からはお叱りを受けるかと思ったが、『ずっと会えていたのでよかった』と言ってもらえて救われた」と話す。

宣言が明けても、対面面会は5%だけ
 ところで、コロナ下で対面の面会を続けている高齢者施設は、どれぐらいあるのだろうか。
 東京都高齢者福祉施設協議会が21年10月に都内の特養や養護老人ホームなどに実施したアンケート(246施設が回答)を見てみよう。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の期間中に「(感染対策を講じた上で)普段通り実施」と答えたのは4%。緊急事態宣言などが明けても、普段通り実施していたのは5%にとどまった。
 ただ、政府は昨年11月に示した「基本的対処方針」で対面の面会を検討するよう要請している。今年11月の改定では「医療機関や高齢者施設などでの面会は患者や利用者、家族にとって重要なもの」と指摘し、さらに表現のトーンを強めた。
施設はきちんと説明を
 専門家はどう考えているのか。
 介護施設での感染対策に詳しい北海道医療大の塚本容子教授(公衆衛生学)は「オミクロン株は、換気していない部屋だと、マスクをしていても感染のリスクが一定程度ある」と注意を呼びかける。ただ「入所者と家族の生活の質を考えると、対面での面会はやはり重要で、簡単に答えが出せるものではない」と悩ましそうに話す。
 介護現場からは「国や自治体が明確な判断基準を示してほしい」という声も上がるが、塚本教授は否定的だ。「施設の種類や現場の状況によるので、一律の基準を示すのは難しい」と指摘する。
 その上で塚本教授が重要性を強調するのが「面会を認めるか、認めないか」という結論よりも、「施設と入所者・家族のコミュニケーション」だ。
 「それぞれの施設が、地域の感染状況や現場の事情に応じて自分たちで判断基準を決め、それをきちんと説明すること。面会を認めるにしても認めないにしても、家族らに納得してもらう努力が必要だ」と塚本教授。
 「一律に面会を禁止する」という考え方に縛られず、家族のうち固定した1人には認めるとか、時間を限定するとか、状況に応じた柔軟な対応を提案している。

いい茶0

読み応えありの記事一覧

他の追っかけを読む
地域再生大賞