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英国BBC会長に聞いた 公共放送の役割って何? 信頼できる情報が核心/政治圧力にさらされても生き残る

 「インターネットには情報があふれている。NHKなんて要らないんじゃないの?」。ネットの台頭でテレビ離れが進む中、公共放送の存在意義が各国で改めて問われている。日本では、NHKが放送のチャンネルを減らして2023年10月から受信料を約1割値下げする一方、ネットでのサービスを広げる構えだ。2022年11月に開局100年を迎え、世界の公共放送をリードしてきた英国放送協会(BBC)は、どう対応しているのか。来日したティム・デイビー会長に聞いた。(共同通信編集委員=原真)

インタビューに応じるBBCのデイビー会長=11月20日、東京都
インタビューに応じるBBCのデイビー会長=11月20日、東京都
主な公共放送の財源
主な公共放送の財源
NHK放送センター
NHK放送センター
インタビューに応じるBBCのデイビー会長=11月20日、東京都
主な公共放送の財源
NHK放送センター


ロシア語ニュースの利用者3倍に
 テレビとラジオが中心だった公共放送も、視聴者のスマートフォンの利用が増えるのに対応するため、ネット進出を急いでいる。ただ、BBCやNHKのように、規模が大きく資金も豊富な公共放送がネット業務を拡大すれば、民間メディアの経営を圧迫する、との批判も根強い。
 ―デジタル時代の公共放送の役割は。
 「公共放送のサービスの核心は、信頼できるコンテンツ(番組などの中身)の提供だ。ネットでは無限の情報を入手できるが、虚偽のものも多い。BBCには明確な番組編集の指針や基準がある」
 「BBCの使命は、100年前の開局時から『情報、教育、娯楽を提供する』ことだ。初代会長のジョン・リース卿は、放送という新たなコミュニケーション手段があまりに強力なので、金もうけに使うのではなく、公共の利益に役立てなければならない、と理解していた」
 「真実、自由な報道、そして民主主義への攻撃が、世界中で強まっている。メディアの分断も進んでいる。権威主義的な国家は、メディアをコントロールし、プロパガンダを流そうとしているからだ。(ロシアによるウクライナ侵攻や中国による少数民族ウイグル人弾圧に関連して)BBCの特派員はロシアや中国から退去を余儀なくされた。しかし、ウクライナ侵攻後、公正なBBCのロシア語ニュースの利用者は3倍に増えた」
 ―民放や新聞を圧迫しないよう、公共放送のネット業務を制限するべきだとの意見もある。
 「歴史の教訓を見れば、公共放送と商業メディアが共存し競争することで、コンテンツの水準が上がり、いずれのメディアも経済的にも成長してきた。より多くの情報がオンラインで消費されるようになっており、公共放送を制限するのは近視眼的だ。公共放送が何でもやるわけではなく、信頼できるコンテンツを提供する。英国などでは、商業メディアと良いバランスが保たれている」
 「「BBCは(2007年にネットに本格進出して以来)デジタル時代をリードしている。例えば、テレビ放送で300万人が視聴するBBCのドラマを、ネットでは1000万人が見ている。楽しんでもらえれば、どちらの視聴でもかまわない」

独立性維持には受信料に利点
 公共放送の在り方は、特に財源を巡って議論を呼んできた。英国では日本と同様、テレビを所有する世帯から受信料を徴収していたが、2016年以降は、テレビを持たずにネットだけで番組に接する家庭も対象になった。しかし、英文化相は、放送免許に相当する「勅許状」の期限が切れる2028年に、受信料制度を廃止する意向を示唆した。背景には、BBCが政府に批判的な報道を重ねていることがあると指摘される。受信料に代わる収入源としては、目的税や政府交付金、広告などが取りざたされている。
 ―英政府はBBCの財源の見直しを検討している。
 「誰もが対象となる受信料制度の利点は明らかだ。BBCは全ての人のためのものだからこそ、社会を統合するよう努力している。商業メディアと違い、一部の人に受け入れられればいいわけではない」
 「(視聴したい人だけが支払う)有料放送になったら、編集が契約者向けにゆがむ。広告を財源とすれば、広告主を気にせざるを得ない。(税金や政府交付金のように)政治的影響を受けやすい仕組みを導入するのは、独立性や不偏性を考えると後退だ」
 ―その独立性をどう堅持しているのか。
 「法令で独立性を明文化し、編集はジャーナリストが行うことを明確にする必要がある。基準や研修も重要だ。BBCは常に政治的圧力にさらされており、歴代会長は政府と論争してきたが、生き残った。独立性を人々が信頼しているからだ」
   ×   ×   ×
 デイビー会長は1967年、ロンドン生まれ。家庭用品や飲料のメーカーを経て2005年にBBCに入り、2020年から現職を務めている。

政府と対峙してきた歴史
 デイビー会長が強調する「独立性」は、きれい事に聞こえるかもしれない。だが、BBCには、権力と対峙(たいじ)してきた歴史がある。
 1982年のフォークランド紛争の際、英軍を「わが軍」と呼ぶことを拒み、客観報道に徹した。2003年のイラク戦争を巡っては、英政府が公文書でイラクの脅威を誇張したと報道した。政府が「誤報だ」と猛反発し、BBC会長は辞任に追い込まれる。しかし、世論調査では、政府よりもBBCを信じる人がはるかに多かった。
 かつて英国で取材したメディア研究者は「BBCは非常に信頼され、人々の生活の一部になっている」と解説した。当時のBBC幹部も、的確なニュースから庶民的なドラマまで、「全ての人に、何か意味のあるものを提供している」と自信を示していた。
 翻って、NHKはどうだろう。
 戦争を描いたドキュメンタリーや、少数者に焦点を合わせたバラエティーなど、優れた番組は少なくない。ところが、日々のニュースは、政府の意向を伝える官報のようだ、と批判されている。受信料の値下げも、会長人事も、政治的圧力が指摘される。独立性を示さなければ、視聴者の信頼は得られないのではないか。

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