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全国初の女子大工学部 「男社会」に悩む工学女子たちの救世主となるか? 奈良女・工学部「1期生」の思い

 2022年春、女子大として全国初の工学部が国立奈良女子大(奈良市)に開設された。工学部で学ぶ女性は全国的に極端に少なく、少数派であることに耐えてきた女子学生らに伸び伸びとした学びの場を与えたいという大学側の強い思いがある。1期生からは「共学の工学部には居場所がないと思った」「(奈良女がなければ)工学部を諦めていた」との声が上がる。奈良女は、「男社会」とされる工学の世界を志す女子たちの救世主となるのか。(共同通信=水谷茜)

奈良女子大=7月、奈良市
奈良女子大=7月、奈良市
電子工作の課題を進める奈良女子大の学生=7月、奈良市
電子工作の課題を進める奈良女子大の学生=7月、奈良市
女子大の歴史について話す安東由則武庫川女子大教授=5月、兵庫県西宮市
女子大の歴史について話す安東由則武庫川女子大教授=5月、兵庫県西宮市
学生の相談に乗る奈良女の藤田盟児工学部長=7月、奈良市
学生の相談に乗る奈良女の藤田盟児工学部長=7月、奈良市
奈良女子大=7月、奈良市
電子工作の課題を進める奈良女子大の学生=7月、奈良市
女子大の歴史について話す安東由則武庫川女子大教授=5月、兵庫県西宮市
学生の相談に乗る奈良女の藤田盟児工学部長=7月、奈良市


国内で二つしかない国立女子大
 奈良女は、2013年のNHK連続テレビドラマ小説「ごちそうさん」で俳優杏さんが演じる主人公が通う女学校のロケ地として使われた。薄緑色の柱と赤い屋根の門が特徴だ。1908年に設置された奈良女子高等師範学校が前身で、1949年に大学に。お茶の水女子大とともに、日本で二つしかない国立女子大の一つだ。
 7月に電子工作の授業をのぞかせてもらった。さまざまな電子部品が配置された基板上でケーブルに電球をつなぎ、パソコンで書いたプログラムで動かす。「ここの数字を変えると光の動きが変わった」「こことここをケーブルでつなぐんじゃないかな」。声をかけ合いながら、50人近くの学生が課題に取り組んでいた。
 奈良女を含めた全国の女子大で、建築や情報系などの分野は学科やコースという形で学べるが、学部として工学部があるのは奈良女だけだ。

つきまとう「男性の学問」という印象
 女子大の歴史を安東由則武庫川女子大教授に聞いた。安東教授によると、制度上、女性が大学への入学を許可されるようになったのは戦後になってからだ。津田塾大や東京女子大などの一部私学が先行し、少し遅れて国立のお茶の水女子大と奈良女が開学した。いずれも戦前の専門学校や師範学校が形を変えたもので、教員のほか「良きお嬢さん」「良き妻」の育成という位置づけは色濃く残り、工学部は必要とされなかった。
 国力増強を目指して実用的技術などを開発する技術者養成の色合いが強かった工学部には「男性の学問」という印象がつきまとう。工学部は多額の設備投資が必要で、安東教授は「90年代以降、それまでの文学部と家政学部ばかりという状況から新学部・新学科が次々に生まれる中でも、女子の進学比率が圧倒的に低かった工学部を作る発想はなかったのでは」と分析する。

「マイノリティーの悲劇」
 女子大の工学部が果たせる役割は何か。奈良女の藤田盟児工学部長は「売りは男性がいないこと」とずばり。
 自身は1980年代に工学部建築学科に所属。50人いたクラスの中で2人だけだった女性が「だんだんマイノリティー意識を持つようになり、前に立つ、グループの中心になるということから少しずつ遠ざかっていく『マイノリティーの悲劇』を目の当たりにした」。そのため奈良女では「少数派であることを気にし、工学部を避けてしまう女性に学びの場を提供するのがわれわれの役割」と力を込める。
 文部科学省によると、全国の工学部における女性の割合は21年度で16%。全体の46%に比べて低いのはもちろん、45%の農学部、28%の理学部と他の理系学部に比べても圧倒的に低い。学科によっては10%を切る。
 男女共学の理系大学に進学した女子学生は、男子が圧倒的に多数を占める状況の不便さを訴える。情報学部で学ぶ静岡理工科大1年の小林夏海さん(19)は立地などから大学を選んだが、懸念した通り女性が少ないことによる不便を感じているという。
 授業にもよるが男女比は大体10対1で、女性が自分一人のこともあり友人が作りづらい。「授業の内容や宿題で分からないことがあっても質問したり話し合ったりする相手がいない」と嘆く。大人数でいつもにぎやかにしている男子学生とは対照的だという。

就職先も「男社会」
 奈良女に進学した山田凜香さん(19)に聞いてみた。中高6年間女子校で伸び伸び勉強ができたと感じ、奈良女を選んだ。まさに静岡理工科大の小林さんが体験しているようなことを恐れて「共学だと居場所がないと思った」という。
 レジスターや自動販売機が動く仕組みに興味を持ち、ものづくりを学びたいと考えていたが、奈良女がなければ「工学を諦め、別の学部で奈良女に進学していた」と話す。
 同じく女子校出身の田中友望さん(19)も「たくさんの男性に囲まれていたら目立たないよう、息を潜めて生きていたと思う」と切実だ。
 エンジニアなど工学分野の就職先の多くは男社会だ。2人は「就職先が“男子校”なら、学ぶ間だけでもぬるま湯にいさせて」と訴える。
 ただ将来に弱気になっているばかりではなく、覚悟は決めている。田中さんは「男女それぞれ得意なことがある。男性ばかりの世界に入って変えていきたい、いい影響を与えていきたい」と心強い。山田さんも「奈良女で学ぶ『チームでのものづくり』を社会に出てから生かしたい」と話す。
 藤田学部長は「大学4年間を女性であることを意識せず、人間としてだけ考えて学び、男性の社会で戦える武器を渡したい」と語った。

取材を終えて
 実は今回の取材を始めたきっかけは、子どもが少なくなるばかりなのになぜ大学は新学部を作るのかという疑問だった。筆者は大学で理学部に学び、30人以上いるクラスで女性は2人だけだったが、それを苦に感じたことはなく、悩みを持つ人に会ったこともなかった。記事で取り上げたような女子大生の訴えは想定もしていなかった。
 女子を不利に扱う不適切入試が東京医科大など複数の大学で2018年に発覚した際も驚きや憤りは大きかったが、いまだに女性は男性に比べて自由に学べる環境にないと強く感じた。

いい茶0

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