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藤田直哉著「新海誠論」 生を肯定、世界をつなぐ【記者のおすすめ】

 新作アニメ映画「すずめの戸締まり」が公開された新海誠監督。2016年の「君の名は。」以降、「国民的作家」と呼ばれるに至った表現の根底にある思想を、気鋭の批評家が読み解いた。

「新海誠論」
「新海誠論」

 「ほしのこえ」で商業デビューした02年から、現実以上ともいえる風景描写の美しさや、閉ざされた世界での繊細な感情にフォーカスした「セカイ系」の作風が注目されてきた新海。そのキャリアに著者は、2本の「切断線」を引く。
 1本目は11年の「星を追う子ども」。キャラクターの身体の動きが強調され、「古事記」など神話や古典が参照されつつも、最後は過去への回帰や憧憬ではなく「今を生きる」ことが選ばれる。
 それは、身体的な衝動を思考より優先し、現代人の「拠り所のなさ」「不安定さ」を受容する思考の表れだと指摘。自然と科学、伝統と前衛などのハイブリッドを是認し、雑種的な現代のオタク文化と歴史をつなぐ試みだったと読み解く。
 次の画期としたのは19年の「天気の子」だ。この作品で新海は、過酷な現実と観客を「つなぐ」役割を自覚したとみる。
 気候変動と貧困に侵された社会を「明るく」回すための犠牲を、ヒロインの消失という形で可視化。彼女を取り戻そうとする主人公の反逆と決断を肯定的に描いた物語に、「未来は自分次第で変えられる」とのメッセージが読み取れると説く。
 災害を美しく描く同作の危うさに触れながらも著者は、「美化」は人が生きるつらさに耐える手段にもなり得るし、新海作品には、世界を前向きなものに変えようする意図が見えると強調する。
 「すずめの戸締まり」で東日本大震災を正面から描き、犠牲者と天皇の「つながり」に踏み込んだように思える新海が今後、どんな作品を手がけるのか。本書はそれを考える参考になるはずだ。(加藤駿・共同通信記者)
 (作品社・2200円)

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