静岡県立大発 まんが しずおかのDNA(23)「羽衣伝説」各国に類話

 静岡市清水区の三保松原は、富士を望む景勝地として古来あまたの芸術作品の源泉となってきた。漁師白竜と天女との邂逅[かいこう]を描いた能「羽衣」も、三保の美しい景観が生んだ名作の一つである。

漫画=かとうひな
漫画=かとうひな

 異類婚姻譚[たん]の一つである羽衣伝説は、遠くは古代インドの「リグ・ヴェーダ」にその原型を求めることができ、アジアを中心とする世界各国に、また日本各地に類話が存在する。その中で、「婚姻譚」をもととしながら男女の交わりを持たず、天女が清らかな姿のまま天に帰っていく能「羽衣」は極めて異質な筋立てだと言って良い。
 その特異な物語の誕生の背景には、能「羽衣」の舞台を構成する富士山の存在があるだろう。富士山は平安時代より神仙の住まう場所とされ、文字通り「信仰の対象と芸術の源泉」として人々にインスピレーションを与え続けてきた。恐らくはその「霊峰」としてのイメージの堆積が、人間が個の欲を超えて天女に衣を返し、天女が恵みとして七宝を降らせるという「奇跡」に説得力を与え、その奇跡がいまなお人々を魅了し続けているのである。
 筆者はここ数年、静岡の地が生んだこの希有な物語を国内外に伝えようと、能「羽衣」の絵本化と普及活動に取り組んできた。現在絵本は英語・中国語・フランス語など8カ国語に翻訳され、さまざまな国際交流事業で活用されている。昨年9月に本学で開催された交流会(JENESYS2019)では、ASEAN10カ国ならびに東ティモールの高校生165人と本学学生が、羽衣伝説を中心とした自国の伝承を紹介し合い、伝承の役割について意見交換した。「羽衣」が静岡と世界を結ぶ懸け橋となり得ることを実感した会であった。
 羽衣伝説は、根底に永遠なる存在への憧れという人類共通の志向を含みつつ、土地ごとの風土・思想を反映した無数のバリエーションが存在するところにその魅力がある。今後、静岡ならではの「羽衣」を生かした産官学一体の観光・国際交流事業がより展開していくことを期待したい。 (鈴木さやか/国際関係学部講師、日本古典文学)
 静岡県立大の執筆陣が文理の枠を超え、漫画を使って静岡のDNA(文化・風土)を科学的に解き明かす(静岡新聞月曜朝刊「科学面」掲載)。

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