静岡・建穂寺の阿弥陀如来坐像 円空初期作と判明

 素朴な彫りとほほ笑みが特徴の「円空仏」で知られる江戸初期の修行僧、円空(1632~95年)が極めて初期に制作した阿弥陀如来坐像が、静岡市葵区の建穂寺にあることが、東京国立博物館の主任研究員、三田覚之さん(38)=同市清水区出身=と円空研究の第一人者で円空学会顧問の長谷川公茂さん(87)=愛知県一宮市=の調査でこのほど分かった。「謎が多い青年期の足跡を知る貴重な手掛かり」と注目されている。

ごく初期の円空仏と確認された阿弥陀如来坐像=静岡市葵区の建穂寺観音堂
ごく初期の円空仏と確認された阿弥陀如来坐像=静岡市葵区の建穂寺観音堂
三田覚之 東京国立博物館主任研究員
三田覚之 東京国立博物館主任研究員
ごく初期の円空仏と確認された阿弥陀如来坐像=静岡市葵区の建穂寺観音堂
三田覚之 東京国立博物館主任研究員

 2010年、大学院生だった三田さんは同寺観音堂で円空の作と思われる仏像を発見した。仏像は「その頃に長谷川さんが『(円空の)ごく初期』と発表した三重県内の仏像の特徴を捉えていた」という。三田さんは昨春、円空について論文を執筆。さらに長谷川さんと同寺を昨秋、再訪した。
 阿弥陀如来坐像は高さ10・2センチ。顔面を欠損しているが、長谷川さんは台座の形式や、背面の衣文線の彫りなどがごく初期の仏像と共通すると確認した。
 円空に関する記録「小伝」(全栄法印著)などによると、若き円空は高僧行基を慕って12万体の仏像を造ろうと富士山で修行した。富士権現から鉈(なた)を授かり、彫り始めたとされる。しかし、「県内での修行を裏付ける円空仏は発見されていなかった」(長谷川さん)。
 建穂寺は白鳳時代(7世紀)の創建。行基作の千手観音を本尊とし、静岡浅間神社(同区)とも縁深い。三田さんは「円空が立ち寄り、坐像を残したと推察される。長谷川先生の協力で10年越しで存在を確認できた」と話す。
 同寺は明治初め、廃仏毀釈(きしゃく)で廃寺に、さらに火災で観音堂を焼失した。地元住民で新たに観音堂を建て60体余の仏像を管理、修復してきた。建穂神社・観音堂評議委員会の佐藤四郎委員長(79)は「思いがけない朗報。地域の宝として大切につないでいきたい」と喜び、新型コロナウイルスの収束後の公開を目指す。

 <メモ>円空 美濃国(岐阜県羽島市)生まれ。30代初めから全国で修行し仏像を造り、人々の救済、死者の霊の鎮魂を込めたとされる。和歌も多数残る。長谷川さんや円空学会によると、全国で約5400体以上確認され県内には後世に寺院に寄進されたものや個人所有の6体がある。

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