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十返舎一九の書簡、三島で発見 母や娘案じる内容 私的な一面も

(2020/5/15 08:14)
発見された書簡を手にする関守敏さん=5月上旬、三島市
発見された書簡を手にする関守敏さん=5月上旬、三島市

 江戸後期の滑稽本「東海道中膝栗毛」の作者十返舎一九が親族に宛てたとされる直筆の書簡が、三島市で見つかった。一九の人柄や実家の重田家、娘など私的な事情をうかがい知る内容で、長年にわたり一九の研究を続けてきた元東洋大文学部教授の中山尚夫さん(70)=日本近世文学=は「一九の実像を明らかにする貴重な史料」と話す。
 書簡は、同市東町の郷土史家関守敏さん(71)が2017年に知人を通じて譲り受けた。関さんから解読の依頼を受けた中山さんは書体から「自筆であるのは確実」とし、書かれた時期は江戸後期の文政年間ごろと推察する。署名には本姓の「重田一九」と記され、宛名に実弟の「重田儀十郎」、当時の重田家当主でおいの「幸平」と書かれている。
 「今般母出府―」との記述から、母が静岡市の重田家から幕府のある江戸に出向いた可能性があるという。母の様子を案じる一九の心情を読み取ることもでき、中山さんは「女性が遠出するのは当時珍しく、重田家にとっては大ごとだったのでは」とみる。追伸に書かれた「すまかよの分よろしく頼み奉り願い候」「飛脚もたせおき候」は、実家に預けている2人の娘「すま」「かよ」の養育費を飛脚に持たせたのでよろしく頼む―との内容ではないかという。
 一九の書簡は作品に関する内容が多く、「家族についての記述を見たのは初めて」と中山さん。人気作家十返舎一九ではなく私人としての顔が垣間見え、「母や娘を案じ、信頼する弟に宛てた手紙。まじめで義理堅い一面があったのでは」と思いを巡らせる。

 <メモ>十返舎一九(1765~1831年) 本名は重田貞一。駿河国府中(現・静岡市葵区)に生まれ、江戸や大坂で作家として活動する。弥次郎兵衛と喜多八の珍道中を描いた「東海道中膝栗毛」(1802年)は、続編も含めて20年間にわたる大ヒット作。文筆で生計を立てた日本初の職業作家とされる。

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