(文と写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)

沼津市江浦で没した版画家山口源(1898~1976年)の没後50年を記念した回顧展が同市の庄司美術館(モンミュゼ沼津)で開かれている。シンポジウムは展覧会の関連企画として催された。
開演前、あえて下ろしてある沼津市民文化センター小ホールの緞帳(どんちょう)に目を奪われる。描かれているのは1958年の第5回ルガノ国際版画ビエンナーレ展でグランプリを獲得した山口源の代表作『能役者』。自宅の庭で足に触れた板をそのまま使った「物体版画」の「拡大版」を見上げる。
板目をそのまま版に使っているが、1970年の日本万国博覧会(大阪万博)で岡本太郎が制作した「太陽の塔」にどことなく表情が似ている。大きくなった『能役者』に新鮮な驚きを得た。

シンポジウムは2部構成だった。第1部は「日本の現代版画と山口源」と題して多摩美術大名誉教授の小林敬生さんが講演。第2部のパネル討論では小林さんのほか、メディアアーティストのNAKANO yasuhiroさん、山口源が表紙を担当した文芸誌「航程」の編集に携わった丸川二男さん、1983年の第1回山口源新人賞に選ばれた日向野桂子さんが登壇した。
強く印象に残ったのは、版画とは何かという議論だった。シンポで自身も版画家の小林さんが、李禹煥さんの版画に対する考え方を伝えた。版が介在することで作家の意図を超えたものが出てくる。それが版画の妙味だ。そんな内容だった。日向野さんも、強く同意していた。
とても興味深い話だったので、李禹煥さんのインタビューをいくつか読んでみた。確かにそうしたことを言っている。例えばアダチ版画研究所(東京都新宿区)のウェブサイト「北斎今昔」での2022年12月16日のインタビュー「木と紙のダイアローグ」では、摺師の役割についてこんな話をしている。
摺師の仕事として、正確で均一な仕事をするというのは暗黙の了解としてあると思います。ですが、素材との兼ね合いや人間同士の駆け引きの中で『こうした方がもっと良くなるのではないか』という気持ちから生まれるブレや揺れの中に、僕としては何かが起こってほしいという望みがあるわけです。こうした出来事というのは、肉筆画の制作の中にもありますが、版画の場合はより他者が入ってくる余地とでも言えば良いでしょうか、手探りの領域が存在しますね

小林さんはシンポの中で摺りという行為を行う人について「介在者、共犯者」と表現していた。李さんの「他者が入ってくる余地」という言葉は、まさにそれに符合する。
版画は「複製芸術」と言われるが、寸分たがわず同じものが出来上がることを「是」とするものではない。古くて新しい視点を得たシンポジウムだった。
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■沼津市庄司美術館(モンミュゼ沼津)「人・山口源 山口源没後50年記念回顧展」
住所:沼津市本字下一丁田900-1
開館時間:午前10時~午後5時(月曜休館、ただし9月21日は開館し、24日休館)
観覧料(当日):大人200円、小中学生100円、市内の小中学生無料
会期:9月30日(水)まで













































































