​【宮島未奈さん(富士市出身)の新刊『ギャルにひかれて寺マルシェ』 】 「ポスト成瀬」の第1弾。いい湯加減の「宮島節」は「まったり革命」の実践記か

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は2026年8月31日に初版発行(奥付)の宮島未奈さん(富士市出身)の新刊『ギャルにひかれて寺マルシェ』(KADOKAWA)を題材に。
(文=高度専門記者兼論説委員・橋爪充 写真=写真部・久保田竜平)

2023年発刊のデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)を発端とした「成瀬シリーズ」は『成瀬は信じた道をいく』『成瀬は都を駆け抜ける』の3部作で完結した。新潮社の発表によるとシリーズ累計で260万部に達したそうで、これは「令和屈指のベストセラー」と言っても間違いないところだろう。

『ギャルにひかれて寺マルシェ』はKADOKAWAの「小説 野性時代」特別編集2024年冬号と同2025年冬号、2026年3~6月号に掲載された6編からなる連作短編集。宮島さんにしてみれば(読者にとってもそうだが)「ポスト成瀬」の第一作だけに、それ相応に意気込んでいるはず…との予想は、最初の4~5ページであっさり覆された。

肩の力が抜けた、いつもの「宮島節」である。いわゆる酒屋の「角打ち」の場面が出てきて、カップ酒を飲むおやじと、串に刺した酢イカを口にくわえた男がダベっている。

安心して身を委ねられる、アレだ。アレとは何かというと、「地方都市のなんてことない日常と、その中で発生するちょっとした混乱、そしてちょっとした状況の改善」である。成瀬シリーズはもちろん、『婚活マエストロ』や『それいけ!平安部』にも漂う、いい湯加減の風呂につかっているような心地良さがある、アレだ。

「語り部」となる英介30歳は、亡くなった父親から酒屋を継ぎ、特に向上心もなくぼんやりと毎日を過ごしている。ある日、押し出しの強い元同級生、光司が地元に帰ってきて、小学生の頃に埋めたタイムカプセルを掘り起こそうと英介を誘う。タイムカプセルの中には、今高値を付けているポケモンカードが入っているらしい。タイムカプセルが埋まっている陵泉寺で定期開催されているマルシェに「偵察」に行く英介。そこで、こちらも元同級生の真実子が副住職として「まみたん法話」を授けている場面に出くわす。優等生然としていた真実子は、尼僧なのにギャルメイクである。これはどうしたことか―― 。

『それいけ!平安部』が10代、成瀬シリーズが10~20代(『階段は走らない』は例外的に40代)、『婚活マエストロ』が40代の主人公を描いていて、今回はその間隙を縫うように30代の男女を主軸にしている。このあたりは宮島さんなりの「計算」が働いたのだろう。

30歳の英介、光司、真実子らは、なんだかふわふわしている。まあ、ついこの間まで20代だったのだから、その点を差し引くとしても、何となく行動が子供じみていて頼りない。「まみたん」と名乗ってギャル法話を展開する真実子はもちろん、自分が経営する酒店を中心にした半径50メートルぐらいのことにしか興味がない英介は「マルシェって何だ」というほど、世間を知らない。光司にいたっては、仮想通貨に手を出すなど文字通り「ふらふらした」20代を過ごし、英介に「頭の中は小学生のまんま」とボヤかれる。

実に宮島さんらしい人物たちだ。「まみたん」をマネタイズする、というちょっとした企てを実行に移すことで、彼らは少しだけ前進する。少しだけ、というのは、階段の一段を上がる程度かもしれない。ただ、その一段分には、彼らなりのパラダイムシフトだったり、ちょっとした偶然だったり、意見交換で生まれた気付きなどが含まれる。ここを細かく描くのが「宮島節」の真骨頂だ。宮島さんの小説は、決して階段を駆け上がったりしない。だから安心して身を委ねられる。

舞台となる「地方都市の郊外」のディテールが、実に的確だ。待ち合わせはガストだし、週末は母親を連れてイオンに行くし、そこでは親子連れがうどんを食べている。キャラクターと言えば「キティちゃんとちいかわぐらいは知っている」程度の英介は、小学生のシールばやりに驚く。インスタのアカウントは持っていない。

いい感じで情報が偏り、視界がぼやけている。地方都市にはこういう人が、確実にいる。かくいう自分も覚えがある。情報過多の首都圏や大都市圏にいる人たちとは、世界の見え方が異なっている。幸せの定義も違うだろう。『ギャルにひかれて寺マルシェ』に限らず、宮島さんの小説はこうした価値観をとても上手にすくい上げる。

1990年代、社会学者の宮台真司さんは「終わりなき日常」「まったり革命」を唱えた。『ギャルにひかれて寺マルシェ』は、ちょうどその頃に生まれた人物を用いて、その概念を実践する物語なのかもしれない。

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

あなたにおすすめの記事

人気記事ランキング

ライターから記事を探す

エリアの記事を探す

stat_1