​【日本平動物園のアジアゾウ「ダンボ」はどこから来た?】デパート屋上出身のゾウを調べてみた

「デパートの屋上でゾウが売られていた」――。今では信じられない光景だが、昭和の百貨店では実際にそんなイベントがあった。静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は、日本橋高島屋の高島屋史料館TOKYOで8月末まで開催した「やっぱりゾウが好きーデパートの屋上にゾウがいた!」展の取材で気になった、日本橋高島屋以外のデパート屋上で暮らしたゾウと、静岡市立日本平動物園のメスのアジアゾウ「ダンボ」にまつわるある調査の記録。
(文と写真=社会部・菊地真生)

今年6月に推定60歳を迎えたアジアゾウの「ダンボ」=8月末、静岡市駿河区の市立日本平動物園


記者は6月、同展示を監修した静岡県立美術館の木下直之館長へのインタビュー取材のため、館長室を訪ねた。あいさつをして開口一番、木下館長は記者に尋ねた。「日本平動物園のダンボは、どのデパートの屋上に来たかわかりますか?」

このインタビュー直前、ウェブ限定の本紙記事「デパートの屋上からやってきたゾウ 日本平動物園(静岡市)の『ダンボ』60歳 将来、ゾウのいない動物園になる可能性も?」が掲載された。木下館長はこの記事を読み、詳細が気になったのだという。

同展は、1950年代に日本橋高島屋の屋上で暮らしたゾウ「たかちゃん」の来歴に関する調査を紹介している。木下館長によると、戦後のデパート屋上で過ごしたゾウはたかちゃん以外にもいた。例えば、福岡市の玉屋デパート(1999年閉店)の屋上にあった「福岡玉屋動物園」に1950年、ゾウの「民ちゃん」が仲間入りしたとの記事を、西日本新聞で確認できた。

松坂屋銀座店の「生きた動物大バーゲン」

さらに1966年には、東京・松坂屋銀座店の屋上で「生きた動物大バーゲン」というイベントが開かれ、ゾウが売られていたという。ダンボが日本平動物園に来たのは、1969年3月。「開園まで3年の時差はあるものの、ダンボは松坂屋銀座店で売られていたゾウではないだろうか」―。木下館長の発言に関心を抱き、記者はこのイベントについて調べてみた。

「生きた動物大バーゲン」のポスター写真(一般財団法人 J.フロント リテイリング史料館提供)


日本平動物園によると、ダンボの来歴について現在まで伝わっているエピソードは次の通り。

・ダンボは来園前、東京のデパートの屋上で展示されていた。
・ダンボをデパート屋上に連れて行く際はクレーンで吊り上げて運んだが、動物園に運ばれる際はぎりぎりの大きさだった。
・デパートに展示されていたダンボを、横浜の動物商を通じて100万円で静岡市が購入した。
・ダンボはタイ生まれ。日本平動物園開園当時、3歳だった。
・ダンボがどのデパートにいたかの記録は残っていない。


以上を踏まえ、松坂屋銀座店の屋上にいた子ゾウが日本平動物園のダンボである可能性について、大丸松坂屋百貨店本社とJ.フロントリテイリング史料館に問い合わせた。ところが、「恐らく、ご推察いただいた内容は誤りではないかと考えております」との返答だった。

大丸松坂屋百貨店によると、「生きた動物大バーゲン」は1966年のゴールデンウイーク期間中に開かれた。目玉は120万円のインドゾウ。日本で初めてのユニークな催しとして、連日大入りを続けたという。

さらには、イベントを企画した松坂屋宣伝部の富重義人氏が退社時に出版した書籍「世間様御注目!:ある男の銀座PR戦戦記」(1979年)に、このイベントの様子が詳細に書き記されていた。

著書によると、屋上で販売された子ゾウは生後1歳半、重さ600キロのメス。デパートへの搬入時、報道陣の前でおりから出てエレベーターに乗り込もうとした際に、カメラのライトやフラッシュに驚いて暴れてしまったエピソードや、「動物バーゲン」が初日から終了日まで連日満員となったことなど、当時の盛況ぶりを振り返っている。

子ゾウを囲む来店者(一般財団法人 J.フロント リテイリング史料館提供)


さらに読み進めると、1966年5月7日に「中年過ぎのアメリカ人」が買い手として名乗り出たことについても記されていた。翌8日の読売新聞朝刊で、下記のように紹介されたという。

〈グァム島でホテルや遊園地を経営しているアルフレッド・ボルダロさん(六十)で「正式契約は、輸入手続きなどを調べてから……」と、なかなか慎重。ゾウのほか、オランウータンやキリン、カメ、ツルなど五十種を日本で買い付け、グァム島に動物園を作るつもりだという。〉

この記事では、男性が輸入手続きなどを確認してから正式契約すると話しており、売買やグアムへの移送が完了したかは確認できない。

売約済みの子ゾウ(一般財団法人 J.フロント リテイリング史料館提供)


さらに、松坂屋銀座店の屋上で販売されていたゾウの写真を、日本平動物園の開園から退職まで、ダンボを担当した元飼育員の佐野一成さん(75)に確認してもらった。すると、佐野さんの返答も「耳の形が違うし、体の大きさも小さい気がする。ダンボではないと思う」だった。

佐野さんによると、同園が取引した動物商は、当時横浜市に拠点を置いていた「京浜鳥獣貿易」。ただ、ダンボがどのデパートの上で暮らしていたかについては、業者から聞かなかったという。「あの頃は、デパートの上でゾウを飼っている事例が多かったからね。何カ所かにいたのだと思う」と推察した。

松坂屋銀座店の子ゾウとダンボは同一個体とは考えにくい?

松坂屋銀座店のゾウと日本平動物園のダンボの共通点を検証したところ、以下の点が明らかになった。

・ 年齢の差:松坂屋のゾウは1966年時点で1歳半。一方、ダンボは1969年開園時で3歳。同一個体であれば1969年にはおよそ4歳4カ月になっている計算で、ダンボの推定年齢とは約1年4カ月の開きがある。
・ 元飼育員の証言:ダンボを長年担当した元飼育員の佐野一成さんは、松坂屋のゾウの写真を確認し「耳の形が違う。ダンボではない」とみている。
・価格差:松坂屋銀座店のゾウの売価は120万円、日本平動物園によるダンボの購入価格は100万円。新聞記事だけでは実際にグアムの男性が屋上のゾウを購入したかを確認することはできず、値下げや再販売の可能性も否定できないが、価格差が認められる。


以上の3点を総合し、同一個体である可能性は低い、と結論づけた。

ちなみに、現在のグアム動物園は1977年にジミー・カッシング、バーバラ・カッシング夫妻が設立した施設で、1966年の買い手とされる男性との関係を示す資料は確認できなかった。松坂屋の子ゾウについても、正式契約の成立や移送先を示す記録は見つからず、その後の行方はなお不明である。

動物福祉とダンボのいま

8月末、デパートの屋上で暮らしたゾウのその後について調べた後、改めて日本平動物園を訪れた。52年間連れ添ったメスの「シャンティ」が2022年にこの世を去ってから、ダンボはゾウ舎で一頭で暮らしている。ゾウはメスを中心とした群れで生活する習性があるため、記者にはさみしげに見えた。

現在、ゾウを新たに迎える条件は、ダンボが来園した時代とは大きく異なる。アジアゾウはワシントン条約で国際取引が厳しく規制され、商業目的の売買ではなく、種の保全や研究、繁殖を含む長期計画と適切な受け入れ施設が求められる。JAZA(日本動物園水族館協会)の適正施設ガイドラインは、メスを中心とした群れ飼育を基本とし、屋外放飼場を1頭あたり最低500平方メートルとするほか、土や砂を主体とした床、プール、全頭が利用できる日陰などを挙げる。

日本平動物園は2007~2013年に再整備を実施したものの、ゾウ舎は開園以来の施設が残っている。同園のゾウ舎で新たな個体を迎えるには、大幅な更新が必要になる。

近年、円山動物園(札幌市)、福岡市動物園、天王寺動物園(大阪市)、姫路セントラルパーク(兵庫県)などは複数頭の受け入れにあたり、新たな飼育施設を整え、種保全や研究、繁殖と一体の事業として進めた。姫路セントラルパークでは8月22日、昨年インドから迎えたアジアゾウ「シューティー」が出産。同園は母子が健やかに過ごしている様子をSNSで発信している。

一方、静岡市は国内で繁殖した個体の導入を視野に入れているが、具体的な時期は未定でゾウ舎改修の事業化には至っていない。ダンボは今年、60歳。少なくとも当面、1頭飼育が続く見通しだ。

シャンティの死後、使われなくなった寝室にフェンスを付け、トレーニングのための専用ルームに改修した。ここでダンボの足のケアや耳からの採血などのトレーニングをより安全に実施できるようになった=8月末、静岡市駿河区の日本平動物園


日本平動物園の職員はゾウをはじめとした動物の幸福のために、今の飼育条件下でできる限りの努力を尽くしている。ダンボについても、動物が自ら進んで健康管理や医療行為、体のケアに協力するよう導く「ハズバンダリートレーニング」などで健康管理を続けている。ただ近年は、夏の酷暑も厳しい飼育環境に追い打ちをかけている。開園当初からある獣舎でできる暑さ対策には限りがあるのが現実だ。

「動物園からゾウがいなくなること」を懸念する声はよく聞かれる。だがまずは、「動物園の生き物が健やかに幸福に暮らせる環境を確保できなくなること」に対して、危機感を抱くべきではないだろうか。「やっぱりゾウが好き」展の取材をきっかけに、動物園で暮らす生き物の幸福について思いを巡らせた夏となった。

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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