(文と写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)

2025年1月の「はままつ演劇フェスティバル」で出合った劇団(当時は演劇ユニットと称していたが)の、本公演を見ることができた。約1年半前に見た「十日後に騙される男」は、さまざまな思惑を持った女たちの間で、自己決定に至らずひたすら翻弄される男を中心に置いた作品だった。舞台中央からほとんど動かない男がどんどんマズい状況に追い込まれていく様子に、観客の一人としてある種の加虐的な心地良さを味わったことを覚えている。
今回の「陳者終日」は、ざっくり三つの物語が詰め込まれているのだが、舞台中央に「不動」の存在が置かれている点は、「十日後―」と似通っている。今回の「不動」は、高さ1.8メートルほどの板を縦に並べて作った円筒形のオブジェクト。これが開いたり閉じたりして、筋書き上はほとんどつながっていない三つのストーリーを連結させる。物語の「だんご」を三つ貫く「串」の役目を果たしていた。
「だんご」には大小あって、一番大きいものは漬物屋が舞台である。わちゃわちゃと早口で会話する女性スタッフ3人(浅野=輿水奈央さん、柴田=角田優衣さん、奈良=小林未侑さん)の後ろで、ぬか漬け職人の塩津(晴さん)がスローテンポでぬか床の作業を繰り返している。中央の円筒形はどうやら塩津が手塩にかけて育てた特別なぬかが詰まった樽であるらしい。
ぬか床の維持・育成は極めてデリケート、極めてパーソナルな作業である点がポイントだ。観客の頭の中には、腕はいいのだろう職人塩津が、巨大な樽の中にぬかと一緒に何を入れているのだろう、というどす黒い疑念がどんどん膨らんでいく。動かざるオブジェクトが、次第に主役に見えてくる。

円筒形は、別の物語では即身仏として埋められる男の「穴」になり、さらに別の物語では女性の姿をしたアンドロイド2人の収容先にもなる。単なる木の円筒形なのに、「何が入っているか分からない樽」と同じえたいの知れなさが増していく。
「十日後―」と同様に翻弄する女と籠絡される男の対比があり、これまた男が「取って食われる」ような結果が待っている。SFやサイコサスペンスの要素も取り込み、全編にわたって「意味不明な存在としての人間」を描こうとしているように感じた。










































































