(文=高度専門記者兼論説委員・橋爪充 写真=写真部・久保田竜平)

2023年9月で閉館し、2024年に庭園や建物が静岡県に譲渡された旧ヴァンジ彫刻庭園美術館。岡野さんは副館長として、同館の運営や展示企画に長く関わった。
筆者は2015年以降、同館の展示やアウトリーチ活動をことあるごとに取材した。2002年開館の同館は、イタリアを代表する彫刻家ジュリアーノ・ヴァンジ(2024年死去)の個人美術館で、屋外の作品については、当初から触れることが可能だった。
障害のあるなしに関係なく、あらゆる人が芸術に親しむことができる「アクセシビリティ」が、開館時から確保されていたのだ。だが、恥ずかしいことに筆者は、2020年代までそのことに気付かなかった。
ヴァンジの真意を知るきっかけになったのが、岡野さんが初めて製作したドキュメンタリー映画『手でふれてみる世界』だった。2022年の末頃だったと思う。
この作品は、イタリア中部のアンコーナ市にある国立オメロ触覚美術館を取材したもの。視覚障害者のアルド・グラッシーニさん、ダニエラ・ボッテゴーニさん夫妻が1993年に設立した同館は、全ての作品を手で触れて鑑賞できる美術館として知られている。1999年にはイタリア国会全会一致で国立美術館になった。
筆者はたぶん、映画『手でふれてみる世界』を3回見ている。かなり価値観を揺さぶられた。この映画がなければ、文化芸術の「ユニバーサル化」の意味や意義を理解していなかっただろうし、2024年の障害者差別解消法改正で義務付けられるようになった障害者らへの「合理的配慮の提供」も分からなかっただろう。2022年に国際博物館会議(ICOM)が示した博物館の新定義「誰もが利用でき、包摂的であって多様性と持続可能性を育む」が何を指しているのかも、気にかけなかったかもしれない。
映画のタイトルと同名の本書は、岡野さんがオメロ触覚美術館を映像作品の題材とするに至った経緯が書かれている。興味深いのは、初訪問の2018年の時点では岡野さん自身が「手でふれる鑑賞」について、驚きに近い感想を述べていることだ。
美術館教育を専門的に学んだ立場としても、ここまで実践的な事例に接したことはなかったのかもしれない。未経験の映像作品製作に取り組もうと決めた心境はどんなものだったか。
映画『手でふれてみる世界』を扱った書籍『手でふれてみる世界』からは、岡野さん個人が「触れてみる鑑賞」「あらゆる人にとって平等な鑑賞」についての見識をさらに深め、世界を拡張していく様子が読み取れる。
オメロ触覚美術館の館長夫妻はもちろん、ユニバーサル・ミュージアムを提唱する国立民俗学博物館の広瀬浩一郎さん、村山亜土・治江夫妻による全盲の長男のためのギャラリーTOM…。さまざまな人、さまざまな活動が紹介される。その全てに映画『手でふれてみる世界』が接している。
私たちは本書の記述を通して、全国の美術館がさまざまに包摂的な取り組みを実行していることを知る。真に「ユニバーサル」な博物館とは何か。本書はそれを考えるきっかけを与える。
昨年亡くなった、ベルナール・ビュフェ美術館の元館長で造形家の杉山明博さんが一文寄せている。結びの部分に本書の趣旨が凝縮されている。
曲面の美をつくるのは造形力であり、巧みな手が必要なのだ。また、それを味わい、感じる手が大切なのだ。映画『手でふれてみる世界』は、巧みな手、感じる手は生活を楽しくし、今こうして「ここにある」ことの豊かさと生のよろこびを再確認させてくれる。そして誰をも自由な創造の世界へと誘ってくれる。










































































