【ベルナール・ビュフェ美術館の「杉山明博追悼展『木とわたし-木工の妙技と美術教育』」】仕事場の机に隠された芸術家の「あらがい」の痕跡

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は長泉町のベルナール・ビュフェ美術館で9月1日まで開かれている「杉山明博追悼展『木とわたし-木工の妙技と美術教育』」を題材に。
(文と写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)

昨年9月に亡くなった造形家の杉山明博さんは、2019~2022年に同館の館長を務めた。本展は、作品を見ながら故人をしのぶ「お別れの会」の様相を呈す。

お別れの会と書いたが、親族やごく親しい知人だけを招くような閉じた雰囲気はない。むしろ、逆。作品の素材が木であることも作用しているのだろうが、大小さまざまな動物が迎える展示室は、春の縁側のような温かみを醸し出している。

鳥や哺乳類の「かたち」を解体し、再構築した「いきもの」の数々にひかれる。フォルムは徹底的に簡略化され、細かい部分がデフォルメされている。くちばしが長いか短いか、翼の形はどうか、地面との接点はどんなか。極限まで形を簡略化しているのだが、私たちが鳥を見て、「どんな鳥か」「なんという名前か」を考える上で必要な情報は注意深く残されている。

例えば羊。短すぎも長すぎもしない4本の足、リング状の素材が組み合わされてアメフットボールのように形作られた体。そこに伊達巻を二つ並べたような「顔」が据えられる。目、鼻、口はない。それなのに、「顔」の傾き一つで2頭の羊の関係性が読み取れる。イメージが指数関数的に広がっていく。

「イメージの広がり」は「あかり」シリーズや家具、抽象作品においてもキーワードになっている。そしてそれは二つのレイヤーがある。木の素材をどのように扱い、どのように組み合わせているのだろうという想像が下部にあり、いったいこの形はなんなんだろう、どこかで見たことがあるぞ、どこだっけ、という自らの体験の振り返りが上部にある。

杉山さんの仕事場を再現するコーナーに、作家を読み解く重要な情報が隠されている。机のメモに「スクワット10・10・10 自転車コギ50・50・50 うで立てふせ10・10・10」などとある。頑強な肉体を維持するための毎日のトレーニングメニューだろう。

「創造力」は「想像力」に基づくが、一方で「手を動かす」作業もまた必須である。人間の肉体はいやが応でも衰える。だが、創造力を維持するために杉山さんは摂理にあらがおうとしていた。芸術家の「抵抗」「あがき」をはっきり見て取った。感動した。

<DATA>
■ベルナール・ビュフェ美術館「杉山明博追悼展『木とわたし-木工の妙技と美術教育』」
住所:長泉町東野515-57
開館:午前10時~午後5時(水、木曜休館) 
観覧料(当日):大人1500円、高校・大学生750円、中学生以下無料 ※同時開催の「ベルナール・ビュフェと写真-カメラがとらえたビュフェとその時代、そして21世紀へ」、小特集の「ビュフェの城」「追憶のブルターニュ-ベルナール・ビュフェが描いた北仏」「パリ、1989/Paris,1989」も観覧可能
会期:9月1日(火)まで

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

あなたにおすすめの記事

人気記事ランキング

ライターから記事を探す

エリアの記事を探す

stat_1