(文=高度専門記者兼論説委員・橋爪充、写真=橋爪[人物]、写真部・久保田竜平[本])※多少のネタバレが含まれています
自分が全く想像していなかった着地点にたどり着いた
―『ハッピー山』は『ハイパーたいくつ』と同じように、至って普通の世界がどんどんあり得ない世界に変容していきます。作品の端緒はどのようなものだったのですか。松田:素朴な話を書きたいという気持ちがまずありました。『ハイパーたいくつ』の舞台は「会社」という制約が多い場所だったんですが、今回はなるべく制約がない、ストレートな話をやりたかった。いろいろ書いてみて、キャンプやバーベキューが良さそうだと気付きました。
―物語は、自意識過剰な女子が大学入学を機に知り合ったイケてる人たちとキャンプに行くところから始まります。『ハイパーたいくつ』について、静岡新聞社のインタビューで「会社に行きたくない人が無理やりに行く、という状況設定だけがあって書き出した」とおっしゃっていましたが、今回も同じようなスタートだったのでしょうか。
松田:結果的にそうなっていました。1作目(『ハイパーたいくつ』)は書き始めたらバシッとハマったんですが、今回はまず粗く書いてみました。断片的に書く中で、キャンプの話になったというわけです。
―『ハイパーたいくつ』は着地点が見えていないまま書いたとおっしゃっていました。今回も同様でしたか。
松田:そこは同じかもしれません。素朴な話をやろう。制約のない場所でやろう。大きく言ったら、その二つがセットであって、先行きは決まっていないまま頭から順番に書いていった。結果的に、自分が全く想像していなかった着地点にたどり着きました。
―作品の完成についてどう見定めていらっしゃったのですか。「ここで終わりにする」という地点をどう決めるのでしょうか。
松田:編集さんと相談しながらでしたが、最初はもっと長くなりそうだったんです。書いていたら楽しくなって、一人でどこまでも行きそうになったりもしました。それで、外からの意見もいただきながら軌道修正して。落ち着いて全体を見た時に「最初に書こうとしていた要素はひととおり出ているな」と気付いた時に「じゃあ、どういう結末にするのが一番いいか」と考えました。自分で書いたものを最初から何回も読んでいるうちにラストが出てきた、という感じですね。
7月発売の『ハッピー山』
「不安8、まあ大丈夫2」で書き進めた
―主人公の女性は舞台俳優を目指していますが、ラストはその伏線を回収するような形になっています。松田:自分で書いたものを頭から何回も読み直すとヒントが出てくるんです。これとこれを結びつけたら、次はこうなりうる、こうなるのが面白そうといったイメージが出てきます。
―主人公が俯瞰(ふかん)した視点から自分を見ているという、構造としても非常に凝ったラストになっていますね。
松田:最初の方に書いた言葉のおかげです。ラストシーンを書いたのは、最初のシーンを書いた数カ月後なんです。数カ月前に何を考えていたか、正確には覚えていませんが「書いておいてくれてよかった」という気持ちがありました。
―「文藝賞」受賞第一作ということで、出版が決まっている中で書き始めたわけですよね。先行きが見えないまま書き進めていくということに、不安はなかったのでしょうか。
松田:不安8、まあ大丈夫2、といったところでしょうか。ただ「どうしたらいいんだろう」となった時に出てくるものこそ今回書きたいものだという確信はありました。方法論としては合っているという自信はあった。
―そうした確信はやはり『ハイパーたいくつ』という小説が高い評価を受け、世の中に受け入れられたというある種の成功体験に裏付けられているのでしょうか。
松田:それはかなりあると思います。あの時も先行き分からず書いていたので、今回も大丈夫だろうという気持ちでした。
―アドリブが得意なミュージシャンと話をしているような気分になってきました。
松田:昔から瞬発力の高い表現が好きなんです。舞台演劇でも「今のせりふ、思いつきだろうな」みたいな瞬間が好き。本当はある種の突拍子のなさ、瞬発的に出てくるもので埋め尽せたらなとも思うんです。
最後まで徹底して自分なりのリアルを書いている
―現実と非現実の境が、どんどん曖昧になっていきますね。その辺のルールについてはどんな考えで執筆を進めたのですか。松田:自分としては最後まで徹底してリアルを書いています。会社で働いていると、もうジョークにしか思えないような瞬間がたくさんあるし、人間関係でも信じられないようなことが結構ある。日常と非日常がブレンドされている状態こそリアルなんですよ。だから、最後まで自分の中で本当に起きていることを書いています。
―この小説の魅力の一つは緩急の激しさです。スピードが速まったり、遅くなったりしていて、身を委ねると読んでいる側も楽しくなってしまう。物事が動き出す速さでもあるし、文章の密度でもあると思うんですが、書く際はどの程度意識していたのでしょうか。
松田:自然にやっていると結構速く、強く出しがちなんですよね。体癖みたいなものだと思うんですが。だから「あえてゆったりしたリズムも入れる」といったことを意識して書いた時も確かにありました。
―特徴的だと思ったのが、主人公が「管理人」から逃げ出す場面です。突風にあおられて崖から落ちかける。すごいスピード感だなと思って読んでいたら、友人と犬がやってきてシートに寝そべって空を眺め出す。『ハイパーたいくつ』以上に、緩急が急だなという印象です。
松田:そういうのが好きなんですよ。
―プロットを決めて計算ずくで緩急をつけているというより、ご自身の肉体的反射のようなもので書いているということでしょうか。
松田:そっちがメインですね。車の暴走シーンも、ガーッと行きたい感覚があった。体を動かしたりしながら書いていた記憶があります。
―後半はまさに物語が加速していきますが、映像的な美しさを感じさせる場面が少なくとも2カ所あります。
松田:めちゃくちゃつらい時、きつい時に、急にものがきれいに見えたり聞こえたりすることがありますよね。自分の実体験でもその感覚があって。
第61回文芸賞に選ばれた『ハイパーたいくつ』
「夏、大学生、キャンプ」というホラーシチュエーション
―『ハッピー山』はご自身が多分好きなんだろうと思われる表現ジャンルの要素がちりばめられていますね。スラップスティックコメディー的でもあり、一方でラブコメ的でもある。その中でも特にホラーの要素が強く感じられます。どういういきさつだったのでしょうか。松田:キャンプ設定で書いていたら、「夏、大学生、キャンプ」というホラーシチュエーションになっていた。そこでホラーっぽさを使いたいなと思ったわけです。
―めちゃくちゃ笑えたんですが、意図的なベタ展開としてチェーンソーが持ち込まれますね。糞尿も少し出てくる。米国のB級映画のようで、挑戦的な展開だと思いましたがどのような経緯でこうなったのですか。
松田:確かにB級映画は好きで、結構見ている方だと思います。そうした展開にしたのは笑いとの関係も強くありますね。
―自意識が肥大した主人公が、その自意識に復讐されているようにも読めます。現代社会では、新しいSNSツールによって自意識がどんどん肥大する現象が指摘されている。メンタルに不調を来す人もいる。本作は現代のコミュニケーションの歪みの帰結を描いているようにも感じました。現代のコミュニケーションのありようについては頭にあったのでしょうか。
松田:SNSで人を批判して、それがブーメランのように戻ってきて自分に突き刺さるという事例がいっぱいあるじゃないですか。過去のポストを遡られて「昔はこんなだった」と指摘を受ける人がたくさんいる。それを見ているといつも不思議なんです。なんで他人に強く出られるんだろうって。ただ、他人を批判したくなるという感覚はやっぱり自分の中にもあるわけです。ダメだダメだって言ってたものに自分がなっていることに気付き、復讐された気分になる。
―自意識という点で言えば、現代の特に若い方は他人の目によって、自分の像が確立するといったところがありますね。周囲にどう見られているかが重要であって、決して失敗できない。簡単に言えば生きづらさみたいなものですね。他者の目で自分が形作られているという感覚。本作からはそうした強迫的な感性も読み取れます。
松田:その生きづらさは意識しないではいられません。自分が高校生の時にSNSがあったらかなり怖かったなと思いますね。ただ、よく見られたいというのは、ある意味で人間の素朴な反応だと思うんです。「素朴な話を書きたい」となったら、身をさらして存分にのた打ちまわるキャラクターが出てくるのは自然なことなんです。
日々、メモは取らない。頭の中で混ざるのを待つ
―『ハイパーたいくつ』は生まれて初めて書いた小説ですね。それが文藝賞に選ばれました。その後、ものを書くことについてご自身の態度や考え方に変化はありましたか。松田:『ハッピー山』は最初、かなり分量が多かったんです。「書いてて楽しいな」と思えましたね。いろんなことを書けちゃうかもって。でも、書き直しを始める時に、「何を書けばいいか」という条件の絞り込みを考えるようになりました。「自分はどういうものを書きたいんだろう」「何を面白いと思っているんだろう」といったメタ的な考えをするようになりましたね。
―ご自分が面白いと思って書いた『ハイパーたいくつ』が非常に高い評価を受けたわけですが、もう一度それを吟味するような作業をされていたんでしょうか。
松田:面白さを精査したというより、もうちょっとぼんやりしたものですね。とにかく書いてしまえばそれなりに楽しい感じになるなという手応えの方が経験としては大きかった。
―執筆は毎日コツコツやるタイプなのか、あるタイミングで勢いを付けてやるのか。どちらでしょう。
松田:机に向かっている時間はいろいろですが、割とコツコツかもしれません。読み直しで終わる日もあれば、多くの分量を書ける日もあります。ただ、朝と夜に机に向かってはいます。
―ルーティンにしていらっしゃるのですね。
松田:そうですね。日々(机に)向かっていないと書けない。
―日頃から小説の種を探す目でいろいろ眺めているのでしょうか。あるいは、頭の中に湧いてきたものを書き留めたものが結実しているのか。もしかしたらその両方なのか。
松田:面白いものを見たり、不思議な体験をしたりしてもメモはしません。頭に溜めておく。基本的には印象を覚えておいて、それが増えるとそれぞれがつながっていく。メモらないから、変な感じで混じっちゃう。それが面白いんです。合わさった瞬間、ドーパミンが出ますね。自分の頭の中で生まれたものだから、世の中の誰もまだ書いていないわけで。
―今後の作品イメージはすでに頭の中にありますか?
松田:しっかり形になっているわけではないですが、「こういう話かな」みたいなものはあります。ただ、ちゃんと書き始めていないので。書き始めると全然違うものになるんですよね。
―発表した2作と同じように、最初の設定が大事なんでしょうか。
松田:そうですね。ピンとくるものがあったらもう、それで行く。『ハイパーたいくつ』も『ハッピー山』もそうですが、具体的な場面を書いてみて、ピンときたら書き続ける。それがスタートになると思います。










































































