【濱口竜介監督『急に具合が悪くなる』】県内上映終了まであと3日、というタイミングで鑑賞。ほぼ満席だった

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は8月13日まで静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで上映中の濱口竜介監督『急に具合が悪くなる』を題材に。
(文と写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)※一部ネタバレがあります。

完全に出遅れた。第79回カンヌ国際映画祭で主演の岡本多緒さんとビルジニー・エフィラさんが女優賞に輝いた『急に具合が悪くなる』を、県内終映まであと3日、というタイミングで鑑賞した。

全国公開日の6月19日は東京にいて、宿泊先近くのTOHOシネマズ 日比谷に足を運びかけた。同じ日に県内4カ所で上映が始まったが、自宅がある静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーは7月17日からだったので、それを待とうと決めた。

そんな様子で先延ばししていたのだが、シネ・ギャラリーの続映が13日までと気が付いた。あわてて時間調整して8月11日午後0時25分からの回に滑り込んだ。上映15分前にチケットを買ったら整理番号は35。2列目に座ったが、周囲を眺めてみると、最前列のたった1席以外は全ての席が埋まっていた。

なぜ鑑賞を先延ばししていたか、というと3時間20分の濱口竜介作品にきちんと向き合うためには、それなりにコンディションの調整が必要だったからだ。仕事を調整し、体を健康に保ち、睡眠時間を確保。休日、平日を問わず午後の3時間20分、行き帰りや入場なども含めると日常生活に4時間半ほどを空けるのはそれなりに工夫がいる。

これは、上映時間の長さだけの問題でなく、濱口竜介さんという映像作家の作品だからというのが大きい。「ドライブ・マイ・カー」「偶然と想像」「悪は存在しない」―。濱口作品のソリッドで詩情豊かなせりふ、意図的に心地よいリズムをつくり出す演出は、見る側の集中力が問われる。傍観者ではいさせてくれない濱口作品は、ほかの監督の映画とはちょっと違う性質を持つ。と思っている。

作品は、ただただ素晴らしかった。どこがどう、というよりも全体を包み込む「この映画をつくる理由」のようなものがきちんと伝わってきたのが良かった。こういう感覚はなかなか得られない。

映画を見に行った足で、行きつけの書店に向かい、哲学者宮野真生子さんと人類学者磯野真穂さんの往復書簡集「急に具合が悪くなる」を手に入れた。書店主に「さっき映画を見てきたよ」と言ったら、「そういう人、うちの店によく来る」と教えてくれた。映画を見終わった直後に原作本を読みたくなる。自分だけではなかった。

イッキ読みした。がんの転移で日に日に状況が悪化していく人と、その人と言葉を交わすことでお互いの心の底の底を探ろうとする人。宮野さんと磯野さんの職業や周辺の環境は、映画の主人公二人とは全く異なる。でも、濱口さんが興味を持っただろういくつかのやりとりには気付くことができた。

宮野さんは、どうして古くからの知人でもない磯野さんを往復書簡の相手にしたのか。本の最終盤、磯野さんが「『急に具合が悪くなる』の舞台裏」と題して書いている。磯野さんの問いかけに、宮野さんはこう答えたそうだ。

「うーん、〈この人〉って思ったんだよ。話してみようって。うまく受け止めてくれる感覚があって」(239ページ)

映画の場面が頭に浮かぶ。フランス語のやりとりが続く中、突如として日本語の会話が始まる。大勢の人がいるが、フランス語の話者ばかりだから、2人のやりとりを理解する者はほとんどいない。直感と直感がスパークする。「出会いのわくわくと喪失の恐怖が急降下しながら同時にやってくる」(211ページ)瞬間だ。

身震いするほど美しい。映画の中のやりとりでは、岡本多緒さんとビルジニー・エフィラさんにだけスポットライトが当たっているかのようだ。少なくとも自分の頭の中には、そうした残像が残っている。
見てもいないものを頭の中に残す。濱口監督の手腕、恐ろしい。

上映前は「再入荷しました」と書かれた作品パンフレットは、上映後に全部売り切れていた。手に入れることがかなわなかった。県内での上映は残り1日。あすの静岡シネ・ギャラリーもきっと盛況だろう。

<DATA>※県内の上映館。8月12日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、13日まで)

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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