(文と写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)

静岡新聞7月15日付の1面コラム「大自在」で取り上げた同展。別の記者が7月27日付文化面でも書いている。静岡の地方紙が、なぜ東京の百貨店で催されている展示に着目するかと言えば、本展の監修者が静岡県立美術館の木下直之館長だからである。
日本橋高島屋の屋上には、戦後間もない1950~1954年、「たかちゃん」と名付けられたゾウが飼育されていた。当時の高島屋にとって「芸をするゾウ」は有力な集客コンテンツであり、広告キャラクターでもあった。当時の都民にとっては、復興する東京の象徴の一つでもあったようだ。
今回展は、1990年に多摩動物公園で亡くなったたかちゃんの記憶をたどりつつ、ゾウと日本社会の関わりについてさまざまな切り口で考察する。「ゾウに乗る」「ゾウを洗う」「ゾウを贈る」「ゾウを曳く」「ゾウを操る」「ゾウを食べる」「ゾウが招く」という七つの視点が提示されている。
「ゾウが踏んでも大丈夫」のサンスター文具のCM動画あり、静岡県立美術館の伊藤若冲『樹花鳥獣図屏風』の解説パネルあり、ゾウ肉の味わいについての記述あり。最大のトピックは1990年に亡くなったたかちゃんの骨格標本が国立科学博物館から「里帰り」していることだ。およそ50平方メートルの展示室だが、事前に監修者本人に言われていたとおり、非常に濃密な空間である。じっくり鑑賞していたら1時間半ほどたっていた。

会場に入って右の壁面に貼られた「おかえりたかちゃん」とタイトルが入った年表が圧倒的。1942年、高島屋東京店が売り場を供出したところから始まり、高島屋とたかちゃん、高島屋を離れた後のたかちゃんの歴史がびっしり書かれている。
エピソードが満載で、この年表を読み解くだけで30分ほどかかる。タイからやってきた8カ月の子どものゾウが、クレーンにつられて屋上に送られ、どんどん大きくなって4年後には上野動物園に移される。その間の、百貨店の客らとの交流の様子が細かく細かく描かれていて、とても読み応えがある。

個人的に最も印象深かったのは、「屋上にゾウ」が決まったバックグラウンドである。世間が熱烈にゾウを渇望していたのだ。1950年の記述にこうある。
高島屋東京店の屋上庭園を、新たな「高島屋ガーデン」として開園するため社内で検討開始。ゾウ列車(1949年:戦火を逃れて名古屋市東山動物園で生き残った2頭のゾウを一目見ようと、全国から子どもたちを乗せて名古屋へ走った特別列車)で盛り上がるニュースをきっかけに「屋上にゾウを」との提案が出され(後略)
全国の動物園の人気者だったゾウは、太平洋戦争のさなか「猛獣処分」の一環として多くが命を奪われた。個人的には絵本「かわいそうなぞう」が思い出される。あの作品は、まさにそのことを描いていた。
本展の情報によると、戦後は東京からゾウが消えうせた。だからこそ、日本橋高島屋の屋上へやってきたたかちゃんは、単なる見せ物ではなく「平和の象徴」として受け止められたのだろう。戦争は終わった、東京にゾウが帰ってきた-。当時の人々の心情を思うと、胸が熱くなる。
筆者は日本平動物園(静岡市駿河区)のゾウを見て育った。ただ1頭現存する「ダンボ」は先日、推定60歳を迎えた。ゾウのいる日常は平和の証しである。ゾウの命が永遠でないことは理解しているが、できる限り永らえてほしい。
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■高島屋史料館 TOKYO「やっぱりゾウが好き―デパートの屋上にゾウがいた!」
住所:東京都中央区日本橋2-4-1 日本橋高島屋S.C.本館
開館:午前10時半~午後7時半
休館日:第2?曜(祝?は開館、翌?休館)、8月19日(水)※全館休業
観覧料:無料
会期:8月31日(月)まで













































































