(文と写真=高度専門記者兼論説委員・橋爪充)

沼津市は明治から昭和にかけて、多くの文学者を輩出した。沼津市制100周年を記念して2023年度に同市教委がつくった冊子「読む×見る×わかる 沼津の文学」の巻末に、近現代の「沼津ゆかりの文学者」が列記されている。
沼津で生まれ育った人、沼津で過ごした人、市内に文学碑や歌碑がある人を中心に、時代順に45人を紹介していて、たいへん興味深い。一番手は千本浜公園内に文学碑がある角田竹冷。明治期から大正初期に活躍した俳人で、毎日新聞や読売新聞の俳句選者も務めたという。冊子の最終ページには作家・秋山香乃、歌人・上坂あゆ美、詩人・水沢なお、作家・宇佐見りんと並んでいて、本当に現代にまで綿々とつながっているのだなと実感する。
特に大きく取り上げられている作家が15人いて、その筆頭が『人間の運命』などで知られる芹沢光治良。『しろばんば』の井上靖、詩人の大岡信と続く。知名度で言えば井上、大岡が先行するだろうが、この順番には沼津市なりの(あるいは冊子の編集者なりの)強い意志が感じられる。沼津の名誉市民、芹沢光治良はやはり特別なのだ。
明石海人の歌碑について説明するぬまづ観光ボランティアガイドのメンバー(左)
さて、そんな文学者たちの沼津市内の足跡をマイクロバスで巡るツアーが2023年から行われている。主催は同市我入道の沼津市芹沢光治良記念館。席数に限りがあるため、参加定員は20人。剣持直樹学芸員によると3.5倍の「狭き門」だった。午前8時半にJR沼津駅北口に集合し、午後0時半頃まで市内各所を巡った。千本浜公園では若山牧水、明石海人の歌碑を見学。若山牧水記念館では、牧水の棺に入れたのにきれいに焼け残った愛用の杯を確認した。芹沢光治良記念館では、菊竹清訓建築の壮麗な館の姿や巨大な岩に光治良の言葉を刻んだ「孤絶の碑」を前に、参加者から驚嘆の声が漏れた。
若山牧水の生涯と作品を紹介する記念館
太宰治が滞在した安田屋旅館では、らせん階段をつたって太宰が代表作「斜陽」を執筆したとされる客室に入った。最後に中瀬町市営墓地を訪ね、本をかたどった光治良の墓を詣でた。各地点では、ぬまづ観光ボランティアガイドのメンバーや剣持学芸員らが、碑に刻まれた歌や文章の意味、作者の生涯を解説した。
芹沢光治良記念館の展示を説明する剣持直樹学芸員(右から2人目)
松林の保全に力を尽くした若山牧水が愛した千本浜界隈。芹沢光治良が幼少期を過ごした沼津市我入道。その生涯を閉じた墓地。参加者はそれぞれの場所で写真撮影に余念がない。どこかで見た風景。そうだ。アニメ聖地巡礼のファンだ。動画コンテンツを共有するすべを持たない明治から昭和初期において、唯一無二、最先端カルチャーは文学だったはず。その担い手である作家たちの「痕跡」は、今も作品を愛する人々の関心を集める。
安田屋旅館2階の太宰治逗留の客室から淡島、富士山を望む
過去に新聞のコラムに書いたが、もう一度言おう。文学館は地域資源に、そして地元の作家や作品は観光資源になり得る。その確信が確かなものになったバスツアーだった。
芹沢光治良と家族が眠る墓













































































