​<高校野球静岡大会>中学でともに全国制覇した盟友と3回戦で対決 清水桜が丘・石川vs東海大翔洋・伏見 闘志むき出しの攻防

中学時代にともに全国制覇を達成した盟友が、敵味方に分かれて高校最後の夏を戦った。2023年、全国中学校体育大会を制した東海大翔洋中から清水桜が丘高に進んだ石川星一選手は、7月19日に行われた全国高校野球選手権静岡大会3回戦で、かつてのチームメートのいる東海大翔洋高と対決した。
前半は桜が丘が先行して翔洋が追い付く展開。後半に勝ち越しに成功した翔洋が6―3で逃げ切った。

清水桜が丘
002 100 000=3
002 102 01x=6
東海大翔洋

闘志むき出しの攻防

四回2死二塁の場面で一時勝ち越しとなる適時打を放った石川選手は、外野から本塁への送球間に二進し、塁上で「やったぞ」とばかりにユニホームの胸に書かれた校名「SHIMIZU SAKURAGAOKA」のロゴをつかんで派手にアピールした。

それを見た翔洋中時代のチームメートで翔洋高の中軸、伏見響選手の闘争心に火が付いた。三回に自身の失策をきっかけに先制を許し「恥ずかしいエラー」と消極的な気持ちになっていた伏見選手だが、石川選手の闘志むき出しのプレーに触発され「やり返すぞ」と奮い立ったという。八回に右翼スタンドに本塁打を放ち、ダイヤモンドを1周しながら、お返しとばかりに自身のユニホームの「Tokai」の文字を手でなぞるポーズをつくった。

自分で選択した進路

敗れはしたものの、石川選手の表情はどこかすっきりとしていた。
「勝ちたかったですけど、自分の全部をぶつけられたので悔いはないです」
全中優勝時に6番左翼で先発出場していた石川選手はそのまま翔洋高に進学する選択肢もあったが、「教員になりたい」という目標もあり、同じ静岡市清水区の公立校に進んだ。

翔洋中出身者6人

桜が丘には石川選手のほかにも全中優勝メンバーの横田侑門選手ら翔洋中出身者が6人所属。松下雄彦監督も、東海大一中(現翔洋中)―清水商高(現桜が丘高)の野球部OBで、東海大系列の縦じまのユニホームには特別な思いがある。

試合後、松下監督は「相手が『負けねえぞ』と必死になっている姿を見て、(自チームが)本当に強くなったな、いいチームになったなと。彼らの一生懸命頑張ってきた日々を本当に誇りに思います」と目頭を押さえた。

「過去の栄光」捨て

そのチームに意識改革を促してきたのが石川選手だった。
「過去の栄光は全部捨てて、高校はゼロからのスタート。私立に練習量で勝負するのは難しい。中身で勝負しようと。一塁までの全力疾走とか、バント失敗しても自分から声を掛けるとか、誰もができることをみんなでしっかりやろう、と心がけてきました。意識は一瞬で変わる。そこが変われば技術も結果も付いてくるから」

この日の塁上での派手なパフォーマンスも仲間へのメッセージだった。
「自分だけ頑張るじゃ駄目なんで、鼓舞して、みんなをいい方向に導けたらいいなと思っていました」

「僕が桜が丘を強くする」

松下監督は「中学で全国制覇して入ってきた時は生意気でね。まず人間性を磨くようにと言いました。去年の夏が終わった後、キャプテンに立候補して『僕が桜が丘を強くする』って一生懸命頑張ってきたんです」と明かす。

石川選手の夢は教師として、母校に戻ってくること。
桜が丘は静岡市立高との再編が報じられているが、「何らかの形で(母校に)恩返しがしたいです」と静かに誓った。
(編集局ニュースセンター・結城啓子)
【取材後記】
石川選手にとって、東海大翔洋高の選手の中には翔洋中出身者だけでなく山梨・富士学苑中出身の坂本星南主将ら中学軟式時代の顔見知りが大勢いるそうです。最後のあいさつでも互いの健闘をたたえ合っていましたが、試合中、相手選手のアクシデントを心配そうに見守る場面もあり、野球を通じた交流の温かさを感じました。

シズサカ シズサカ

静岡県に関係する野球の話題を中心に、プロから社会人、大学、高校、中学まで幅広く取り上げます。新聞記事とは異なる切り口で、こぼれ話も織り交ぜながらお届けします。時々バレーボールの話題も提供します。最新情報は X(旧Twitter)「しずおか×スポーツ」で。

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