(文=高度専門記者兼論説委員・橋爪充、写真=写真部・久保田竜平)
先々週、TBSラジオ「武田砂鉄のプレ金ナイト」に崎山蒼志さんが出ていて、パーソナリティーのライター・武田砂鉄さんとざっくばらんに対話していた。出身地の浜松市界隈の中古品店「ハードオフ」の話も出た。市内の2、3店舗を自転車で巡っていたそうだ。崎山さんは浜松に住んでいた高校生時代からインターネット番組を通じて全国的に知られた存在だった。だが、高校卒業後に上京した直後は寂しさにさいなまれたようだ。武田さんとのやりとりの中で、そんな話があって、だが一方、近年は「めっちゃ寂しい感覚が減った」と言っていた。
武田さんはそれを受けて、「かつて持っていたもの(=寂しい感覚)が薄れつつある。それ自体もまた寂しさなのではないか」と分析。崎山さんいわく「確かにそれも寂しい。でも(自分の)どこかにはある」。なるほどなあと思った。
4月に発表された崎山さんの新作アルバム『good life, good people』は、サウンドの冒険という点で飛躍的な発展を遂げたアルバムで、何回聴いても新しい発見がある。風通しのいいボサノバ的なギターが出てきたと思えば、ジャージークラブのビートで聴き手の体を揺らしにくる。どこかブレインフィーダーレーベルのレコードを思わせる、けたたましさとせわしなさに満ちたビートが耳を飽きさせない。
「雑多」として言いようのないトラックの中を、崎山さんの声が「泳いで」いるように聞こえる。幼さと達観が同居している唯一無二の声だ。『人生ゲーム』『ending routine feat. 原口沙輔』『ダイアリー』と続く、起伏に満ちたビートとグッド・メロディーの組み合わせが痛快でならない。
通底しているのは「寂しさ」だ。武田さんとのトークでそこに気付かされた。ノスタルジーとはちょっと違う。「絶望」ともかけ離れている。いま、この時にいてほしい人がそばにいない。少しだけ気持ちが落ちて、ベッドにあおむけになっている、だけど部屋に一人だ。そんな感覚。
崎山さんはそのような気分の時にばかり曲を作っているわけではないだろう。ただ、にじみ出ている。幼い頃の記憶なのか、感じ方なのか。それが今、彩り豊かに楽曲に昇華されている。
『泡沫』は崎山さんならではの「寂しさ」を最もよく表しているように思う。ドラムンベースのビートがこんなにも優しく響く曲は聴いたことがない。クリアなトーンのギターに膨らみのある弦楽器の和音が重なる。
崎山さんは「泡沫」を「ほおまつ」と発語する。直後の歌詞と韻を踏むためだろうが、この「音(おん)」が、「求めても手に入らない何か」を明瞭に感じさせる。耳にするたびに目頭が熱くなる。「咳をしても一人」という尾崎放哉の俳句を思い起こした。











































































