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あの感動をもう一度

静岡新聞記事や掲載写真を中心に、
1964年東京大会から2016年リオデジャネイロ大会までの五輪を回顧する特集です。

静岡県にゆかりのある選手やエピソードだけでなく、
世界的に有名な選手、記憶に残る名シーンなどをシリーズでお届けします。

静岡新聞に掲載されなかった未公開写真や、当時の紙面も収録。

2020年に向けて当時の熱気を振り返ります。

  1. SERIES 01

    1964 東京五輪 聖火 静岡県に“上陸”

    無我夢中で聖火をつなぐ。
    脳裏に焼きつく嵐のような声援
    1964年10月3日、東京五輪の静岡県内聖火リレー。愛知、静岡の県境に聖火が到着し、静岡県を舞台にした”ドラマ”が始まった。2622人のランナーが県内185.1キロ、114区間を3日間にわたって駆け抜けた。県西部版の5回分を収録。
    静岡新聞2019年3月25~29日、いずれも夕刊掲載(全5回)
    未公開写真8枚、1964年当時の紙面4ページ分
  2. SERIES 02

    1964 東京五輪 聖火 県都・静岡へ

    リレー隊23人ひたむきに
    途切れぬ沿道の声援が後押し
    「聖火を無事につなごう」。1区間23人で構成された1964年東京五輪の静岡県内聖火リレー隊。中学生から学生、社会人まで、隊によってさまざまな年齢のランナーが心を一つに足並みをそろえた。沿道にはひと目見ようと人々が駆けつけた。県中部版の4回分を収録。
    静岡新聞2019年4月23~26日、いずれも夕刊掲載(全4回)
    未公開写真8枚、1964年当時の紙面4ページ分
  3. SERIES 03

    1964 東京五輪 引き継がれた聖火

    富士川越えて箱根へ
    静岡県リレー隊2622人走り切る
    1964年東京五輪の静岡県内聖火リレーは10月6日、県庁前を出発した。輝く駿河湾を抜け、富士川を越えて県東部へ。沼津市では16万人が国道1号沿いに詰めかけた。アーケードによじ登り、箱根の山まで足を運ぶ市民も。県民2622人でつないだ聖火は無事、神奈川県へ引き継がれた。県東部版の5回分を収録。
    静岡新聞2019年5月27〜31日、いずれも夕刊掲載(全5回)
    未公開写真8枚、1964年当時の紙面4ページ
  4. SERIES 04

    1964 東京五輪 晴れ舞台に立つ

    五輪あっての人生
    静岡県勢陸上選手の思い
    1964年東京五輪。静岡県からは陸上競技に11選手を送り込んだ。開幕前、代々木選手村でゼッケンを受け取った選手は、いよいよ目前に迫った晴れ舞台を実感し、闘志を燃やした。県勢選手の結果はどうだったのか。表情やコメントを2カ月にわたって紹介する。県勢選手陸上編<上>4回分を収録。
    静岡新聞2019年6月25〜28日、いずれも夕刊掲載(全4回)
    未公開写真8枚、1964年当時の紙面4ページ分
  5. SERIES 05

    1964 東京五輪 五輪にかける思い

    1ミリへのこだわり
    知られざる努力
    1964年東京五輪に11選手を送り込んだ静岡県の陸上陣。誰もが簡単に出場切符を得られたわけではなかった。「1ミリが勝負を分ける」と爪の長さにこだわる選手、海外勢がまねできないようなターンを磨く選手…。努力の跡がにじみ出る選手の写真やコメントを紹介する。静岡県勢陸上編<下>5回分を収録。
    静岡新聞2019年7月29日〜8月2日、いずれも夕刊掲載(全5回)
    未公開写真8枚、1964年当時の紙面4ページ分
  6. SERIES 06

    1964 東京五輪 オリンピアンにとっての五輪

    礎築いた地元
    出会いに導かれ
    1964年東京五輪に静岡県競泳陣は4選手を送り込んだ。「フジヤマのトビウオ」こと古橋広之進さん(故人)を輩出した静岡県。浜名湖や天竜川といった自然に恵まれ、そのことが水泳に親しむきっかけになった選手もいる。師匠や仲間との出会い、かけられた言葉が人生に影響を与えることもある。静岡県勢競泳編4回分を収録。
    静岡新聞2019年8月30〜9月4日、いずれも夕刊掲載(全4回)
    未公開写真8枚、1964年当時の紙面4ページ分
  7. SERIES 07

    1964 東京五輪 忘れられない あの瞬間

    五輪の熱気再び 
    高まる期待
    陸上、水泳以外の競技にもバスケットボールやサッカー、重量挙げ、自転車競技、ヨットにも静岡県から選手を送り込んだ。バスケットは惜しくも8強入りを逃したが、翌年のアジア選手権を制するなどバスケットボール界の盛期を飾った。静岡県勢3人がメンバー入りしたサッカーは予選でアルゼンチンを下し、ベスト8入りを果たした。2020年五輪に向け強化の成果が見え、期待を寄せている。静岡県勢が出場した5競技5回分を収録。
    静岡新聞2019年10月2〜8日、いずれも夕刊掲載(全5回)
    未公開写真8枚、1964年当時の紙面4ページ分
  8. SERIES 08

    1968-76年大会 
    サッカー、バレー メダルに沸く

    今につながるレジェンドの誕生
    華麗なプレーに熱い声援
    1968年、メキシコ大会男子サッカーは、静岡県から東京大会と同じ3選手が名を連ねた。釜本邦茂-杉山隆一の両選手の連係が決まり、地元メキシコとの3位決定戦を制して銅メダルを獲得した。バレーは72年ミュンヘン大会で男子が、76年モントリオールで女子が「金」をつかみ、国民の熱い声援に応えた。歴史的快挙を成し遂げた「レジェンド」の今の思いは。1968年メキシコ、72年ミュンヘン、76年モントリオールの3大会分を収録。
    静岡新聞2019年10月28〜11月1日、いずれも夕刊掲載(全5回)
    未公開写真8枚、1968年当時の紙面2ページ、1972年当時の紙面1ページ、1976年当時の紙面1ページ
  9. SERIES 09

    1984-88年大会 
    高みを目指して

    ファイナリストの世界
    力尽きるまで
    陸上男子短距離で60年ぶりにファイナリストになった高野進さんは、1984年のロサンゼルス大会から3大会連続で出場した。初出場でベスト16、次の88年ソウル大会では全体の9位で惜しくも決勝進出を逃した。そして92年バルセロナ大会で長年の夢をつかんだ。12年の間、高野さんが燃やし続けた闘志の原動力は何か。ロサンゼルス、ソウル大会の2大会分を収録。
    静岡新聞2019年11月26〜29日、いずれも夕刊掲載(全5回)
    未公開写真8枚、1984年当時の紙面2ページ、1988年当時の紙面2ページ
  10. SERIES 10

    1992-2000年大会 日本選手躍動

    メダリスト続々誕生 
    記憶に残るアスリートたち
    1992年バルセロナ五輪で14歳の笑顔がはじけた。岩崎恭子さんが競泳200メートル平泳ぎで金メダルに輝いた。溝口紀子さんは柔道で、知念孝、松永政行両選手の河合楽器勢は体操で表彰台に上った。96年アトランタ大会はシンクロナイズドスイミングで田中順子さんが、2000年シドニー大会は高橋尚子さんがメダリストになった。躍動する選手の姿に列島も沸いた。バルセロナ、アトランタ、シドニーの3大会分を収録。
    静岡新聞2020年1月6〜15日、いずれも夕刊掲載(全7回)
    未公開写真8枚、1992年当時の紙面2ページ、1996年当時の紙面1ページ、2000年当時の紙面1ページ
  11. SERIES 11

    2004-2016年大会 次々に強豪撃破

    大舞台の経験糧に 
    さらなる飛躍誓う
    2004年アテネ五輪で安定した演技を見せた水鳥寿思さん。体操男子団体で大逆転に貢献し「一番きれいな色」の金メダルを獲得した。女子ソフトの佐藤由希さんも攻守で中核を担い、銅メダルを手にした。08年北京大会は男子レスリングの松永共広さんが強豪を撃破し、日本の伝統をつなぐ銀メダル。女子バレーの杉山祥子さんは8強入りで家族に感謝。12年ロンドン大会は男子サッカーが4強。村松大輔選手は世界レベルを体感し、飛躍を誓った。16年リオデジャネイロ五輪では卓球の水谷隼、伊藤美誠の両選手が躍動。地元磐田にメダルを持ち帰った。アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロの4大会分を収録。
    静岡新聞2020年2月28〜3月6日、いずれも夕刊掲載(全6回)
    未公開写真11枚、2004年・2008年・2012年・2016年当時の紙面各1ページ

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