静岡新聞SPORTS

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック

ラグビーヤマハ発・清宮監督 有終、万感「すてきな8年だった」

(2019/1/20 07:20)
笑顔でピッチを去るヤマハ発動機の清宮克幸監督=19日午後、埼玉県の熊谷ラグビー場
笑顔でピッチを去るヤマハ発動機の清宮克幸監督=19日午後、埼玉県の熊谷ラグビー場

 ラグビー・トップリーグ(TL)のヤマハ発動機は19日、埼玉県内で今季最終戦を行い、今季限りで退任する清宮克幸監督(51)の花道を白星で飾った。一時は下部リーグ降格の危機も味わったヤマハ発を、日本一の座に就く強豪に押し上げた名将は、選手の胴上げで8度宙に舞い、「記憶に残るラストゲーム。いい仲間と出会えてすてきな8年間だった」と万感をにじませた。
 2011年春。清宮監督は就任後最初のミーティングで、選手を前に「日本一を目指す」と公言した。前シーズンは入れ替え戦に2点差で辛勝したチームだった。当時の主将の串田義和さん(38)は「一言で皆の方向性を合わせられる人。どんどん引かれていった」と振り返る。
 個々の能力が他チームに劣る分、指揮官は徹底的に組織力を鍛え上げる道を選んだ。03年のTL創設以前からヤマハ発ファンの田辺善徳さん(72)=浜松市東区=は「フォーメーションの練習で監督が『立ち位置が15センチ違う』と選手に指摘していた。ラグビーはこんなに細かいのかと驚いた」と話す。1年目は8位、2年目は6位。「あの頃、監督の試合後のコメントはいつも『一歩一歩階段を上っている』。我慢のしどころだったと思う」とチーム広報の長谷川仁さん(47)。地道な強化は4年目の15年、日本選手権初優勝という形で結実した。
 堀川隆延ヘッドコーチ(45)は「清宮さんが磨き続けたスタイルは財産になった。さらに進化したい」と語った。イズムは受け継がれていく。

ヤマハ発動機の記事一覧

スポーツアクセスランキング

  • 読み込み中です・・・
試合がありません
こどもみらいプロジェクト「おやこアットエス」
静岡新聞SBSスクープ投稿
静岡新聞モバイルサイト