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“暖国”不利越え平昌切符に祝福 スノボ片山、雪上競技静岡県初

(2018/1/23 07:35)
「とにかく滑るのが好きだった」と両親が振り返る小学5年時の片山来夢選手=2006年8月、愛媛県の屋内ゲレンデ(片山渉さん提供)
「とにかく滑るのが好きだった」と両親が振り返る小学5年時の片山来夢選手=2006年8月、愛媛県の屋内ゲレンデ(片山渉さん提供)
家族写真のアルバムを広げて片山来夢選手の平昌五輪代表入りを喜ぶ父親の渉さん(左)と妹の詞惟さん=22日午後8時ごろ、焼津市
家族写真のアルバムを広げて片山来夢選手の平昌五輪代表入りを喜ぶ父親の渉さん(左)と妹の詞惟さん=22日午後8時ごろ、焼津市

 スノーボード男子ハーフパイプ(HP)の片山来夢(らいぶ)選手(22)=焼津市出身=の韓国・平昌冬季五輪代表入りが22日に決まったことを受け、片山選手の両親をはじめ、静岡県内関係者は喜びに沸いた。県スキー連盟によると、雪上競技での本県出身者の五輪出場は初めて。雪が珍しい“暖国”のハンディを乗り越えての切符獲得に、祝福と激励の声が上がった。
 片山選手にスノーボードを最初に教えたのは父・渉さん(52)。3歳の時、渉さんに後ろから抱きかかえられて滑ったが、4歳になるともう1人で緩斜面を滑走した。母・昌代さん(55)は「性格はのんびり屋だけど、斜面のボコボコを見つけて滑るのがとにかく好きだった」と笑う。
 本格的に始めたのは焼津東小1年の時。渉さんの知人で、同じ市内出身でスキー選手だった古井(旧姓・服部)良子さん(59)が岐阜県のスキー場近くの民宿を紹介した。片山選手は小学6年まで毎年、冬休みと春休みにその民宿に泊まり、練習に明け暮れた。古井さんは「幼い子が長い間親元を離れて、よく頑張った」と振り返る。
 中学からは国内有数の屋内ゲレンデがあった愛媛県で、指導者と共同生活しながら打ち込んだ。「学校にしっかり通うという条件で送り出した。ここまで成長できたのは人の縁に恵まれたおかげ」。渉さんは周囲の支えに感謝する。
 ヤマハ(旧日本楽器)のスキー部以外で、本県から五輪の雪上競技に出場するのは、片山選手が初めて。国体で5回入賞の記録を持つ古井さんが「雪国との環境の差は大きい。逆境を克服して五輪切符を勝ち取り、多くの人に勇気を与えた」と片山選手の努力をたたえれば、渉さんは「けがだけが心配だが大舞台で悔いなく滑ってほしい。スノーボードはまだマイナースポーツなので、来夢に続いて競技者が増えたらうれしい」と期待した。

 ■大変インパクトある 望月秀美県スキー連盟理事長の話
 スノーボードのために中学から越境して愛媛県の学校に進学したのは相当な覚悟だったはず。温暖な静岡で生まれ育った選手が冬季五輪に出場するというのは大変インパクトがある。県連盟としても後押ししていきたい。

 ■オール焼津体制で応援 中野弘道焼津市長の話
 おめでとう。片山選手は焼津の誇り。オール焼津の応援体制で、最高のパフォーマンスでの大活躍を祈念します。

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