“どん底先生”の生き抜く力(下) 体験糧に、悩む子支える

(2018/6/16 11:00)
教え子との交換日記を読み返す宮坂智恵子さん。手紙や折り紙、シールなど、教え子からもらったものは全部残している=5月下旬、沼津市

 「勉強ができない気持ちなんて分からないでしょ」「どうせ先生には…」。教え子の投げやりな言葉一つ一つに、首を振って「分かるよ」が言える。沼津市の家庭教師宮坂智恵子さん(36)は、どん底の経験という“引き出し”から、教え子にとって最善の方法を導き出す。
 「漢字を書くのも嫌」という子には、大きな紙を用意する。文字の大きさや向き、筆記具を換えて、どんどん書かせる。次はどう書くかに意識が向き、いつの間にか漢字を覚える。
 決まって言うのは「勉強して後悔することは一つもない」。とはいえ、より大切なことがある。どう生きていくかということだ。教え子の両親には、こう説明する。「本人が30代や40代になった時、『生きていて良かった。幸せだよ』と言ってくれることを目標にしましょう」
 19歳で始めた家庭教師のアルバイトにやりがいを見いだす一方、ギャンブル依存の母に求められるまま、お金を渡す生活からは逃れられずにいた。
 物心ついた時から母は留守がちで、深夜まで他人に預けられた。「ママ大好き」と言っては、母をつなぎ留めようとした。10代後半からは、母とそっくりな男性との交際を繰り返した。賭け事をやめられず、うそをつき、暴力を振るう人たち。友人から「別れなよ」と助言されても、なぜか相手が母に似ているほど好きになった。
 30代前半、交際相手に恵まれている友人が、「私って愛されキャラだから」と言うのを聞いて、はっと気付いた。「私なんて、愛される価値のない人間」と諦め、卑下する自分の所へは、「おまえなんか」とさげすむ男性しかやって来ないのではないか。
 つらい交際から抜け出したい一心で、毎日「私は愛されるべき存在」と声に出し、自らに暗示を掛け続けた。約1年後、言動で傷つけてくる交際相手に、初めて自分から別れを告げられた。
 大手の家庭教師派遣会社でアルバイトをしていたが、依頼主とマニュアルにとらわれない関係を築きたくて、29歳で独立した。学力を上げたいだけでなく、不登校や親子関係などに悩む子が、人づてでやって来るようになった。
 「乗り越えられない試練なら、乗り越えなくていい。私はやり過ごしてきたこと、いっぱいあるよ。遠回りして、違う道探して、とにかく生きよう」。一貫して伝えている。
 貧困、いじめ、暴力…。どん底の経験全てが、教え子の役に立つ。「なんか先生ってワクチンみたい」。1年前、高校生の女の子から言われた。
 「先生は小さい頃からいろんな不幸に見舞われたけど、大丈夫だったよって笑ってるね」。私の悩みは、大したことじゃないかもしれない。そんな風に受け止めてもらえたら、自分も救われる。
 悩みを抱える人の参考になればと、ブログに生い立ちをつづり始めた。「生きていたらいいことがある。ちょっとずつだけど、幸せが増えてきた」。今は確かにそう言える。

 ■約20年の家庭教師経験がある白井千晶・静岡大教授(家族社会学)の話
 心理的な傷を癒やす力を「レジリエンス(復元力)」という。これは誰もが持っていて、解放された状態でこそ発揮できる。学校や塾は、先生と教え子の役割がはっきり分かれている。一方、家庭教師は、互いに認め合って初めて、それぞれの役割を果たせる。教え子に受け入れられることが宮坂さんのエネルギーとなり、復元力を高めたのではないか。両者の相互作用の中で、子ども自身の復元力も促されているのだろう。

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