“どん底先生”の生き抜く力(上) 貧しい生活、脱出へ猛勉強

(2018/6/16 10:00)
中学生に勉強を教える宮坂智恵子さん。教え子の性格に合わせて、話し方や接し方を変える=5月下旬、長泉町

 「うちの子を支えてほしい」。勉強以外の悩みも聞いてくれる先生との評判を頼りに、沼津市の家庭教師宮坂智恵子さん(36)の元には保護者からの依頼が舞い込む。「死にたい」と口にする子、学校では一言もしゃべらない子…。宮坂さんは教え子の声に耳を傾け、うなずく。「気持ち、分かるよ」。自称、ミスどん底先生。今日よりもあしたが、現在よりも未来が、少しでも良くなること。それだけを願って生き抜いた経験がある。
 母に虐待されても、学校でいじめられても、ただ耐えてやり過ごすしかなかった。
 小学5年生の時、横浜市で居酒屋を営んでいた両親が自己破産した。ギャンブル依存の母は、家族にうそをつきながら、父の稼ぎの大半をパチンコに費やしていた。
 転居先の名古屋市ではいじめに遭い、不登校に。中学1年で沼津市に移り、登校し始めたが、基礎学力がなく、授業に付いていけない。ローマ字で名前を間違えて「ミヤサコ」と書いたら、その日からあだ名になった。
 「ばかにされている状況を変えたい」。その思いから、初めて一歩を踏み出した。家庭教師を付けてほしいと母に頼み込んだ。昼夜たがわず働く父の金銭的な後押しで、女性の家庭教師が来るようになった。
 一冊の問題集に答えを書いては消し、書いては消しを繰り返した。理屈が分からないと、丸暗記した。家庭教師には、限られた時間でポイントを絞って質問した。次第に親との関係など、誰にも相談できなかった悩みも打ち明けるようになった。
 父にもらった千円の小遣いを、母は「電気代に回す」などと言っては取り上げた。「稼げるようになって、こんな生活から抜け出したい」。動物が好きで、獣医師に憧れていた。
 進学校は夢への入り口。2年生から帰宅後8時間は机に向かい、県立沼津東高に合格した。あだ名はいつの間にか無くなっていた。「あいつが? すごい」。同級生の見る目は一変した。努力は報われると知った。
 今よりも「良く」なりたい一心で、できないことに直面したら、できるようにする。合格をつかんでからも、その姿勢を貫いてきた。高校の遠泳大会を前に“金づち”だった時や、幼い頃にくるぶしを骨折しても病院に連れて行ってもらえなかったせいで「歩き方がおかしい」と笑われた時は、泳ぎ方や歩き方の本を読んで訓練した。
 いじめられると、学校の先生は「嫌なことははっきり言いなさい」と助言し、母は「強くなれ」と言った。実際には抵抗できないし、強くもなれない。同じように悩む教え子には「相手は、自分より劣っていると思うからいじめる。音楽や料理など、何か一つ、誇れるものを持とう」と伝える。家庭での“授業”は、その「何か」を一緒に探す時間でもある。

 ■宮坂智恵子さんの生い立ち
 1982年横浜市生まれ。10歳で両親が自己破産。中学、高校では精神的不調に苦しみ、自傷行為も。母から大学進学に反対され、家を出たかったこともあって、高校卒業直後に結婚。携帯電話販売店で働きながら、19歳で慶応大通信教育過程(法学部)に入学。家庭教師のアルバイトも始めた。その後家庭の金銭的事情などから退学。24歳で2度目の離婚をするまで1男2女を産んだ。沼津市の実家に戻り、家庭教師を続けながらホステスとして働いて貯金し、2011年3月、個人事業主に。昨年からブログで体験談を明かしている。

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