静岡の老朽忠霊塔、解体検討も 遺族ら「追悼の思い残して」

(2018/8/9 17:00)
築59年の忠霊塔。モダンなデザインの塔の周囲に雑草が生い茂っている=7月下旬、静岡市清水区の忠霊塔公園

 戦没者や戦災者を追悼するため旧清水市が建立した忠霊塔(静岡市清水区迎山町)が老朽化し、市が安全対策の手法に頭を悩ませている。塔は県内最大級の戦争慰霊碑で、著名な建築家によるモダンなデザイン。築59年を迎えて取り壊す案も出ているが、4年ほど方針が決まらず宙に浮いた状態が続いている。地元関係者は安全確保の必要性に理解を示す一方、歴史の風化を危惧し「追悼の思いを残してもらいたい」と訴える。
 忠霊塔が完成したのは、終戦から14年後の1959年。その後、地元の遺族会が終戦記念日に慰霊祭を開いていたが、静清合併で式典が合同開催になり、会場としての役目を終えた。5年ほど前まで清水遺族会が毎月草取りをしていたものの、2014年度に周囲の公園が津波避難場所に指定された際、危険性を指摘され立ち入らなくなったという。
 長年管理を担った同遺族会も会員の高齢化で清掃作業の負担が大きくなった。遠藤千代江さん(84)は「塔が壊れて誰かに迷惑がかかっては困る」と懸念する。山田繁雄会長は「せめてこの場所に塔があったという印だけでも残してもらいたい」と願っている。
 清水空襲で家族を亡くした清水戦災遺族会の石川雅一会長は「耐震性を考えれば(取り壊しも)やむを得ないが、塔の存在を資料として継承してほしい。そうでなければ本当に歴史が消えてしまう」と危機感を示した。
 市市民自治推進課によると、市は07年度に塔の耐震診断を行ったが、構造が特殊で危険度を判定できなかった。大規模地震に備え補修や取り壊しの案が出ているが、設計者の権利や工事にかかる費用などは未検討だという。担当者は「地元自治会や遺族会と共に、どのような方法が一番良いか話を進めたい」と話した。

 ■民間建立碑、管理に限界
 県内には市町村が建立した慰霊碑のほか、太平洋戦争などで命を落とした人のために地域の遺族や篤志家が設置した民間建立慰霊碑も数多く残る。2013年度の国の調査によると、県内に703基存在したことが文献などから確認された。このうち約6割の408基は、調査当時既に管理不良または所有者不明の状態だった。
 静岡市清水区内には民間建立慰霊碑が25基現存する。清水遺族会の山田繁雄会長は全てを巡り管理状態を確認した。寺院の境内にある石塔1基について倒壊の危険を感じ移転を考えているが、「地区の遺族会が解散してしまい管理する人がいない」と頭を悩ませる。
 厚生労働省は16年度から管理不良の民間建立慰霊碑について、地方自治体が移設や埋設をする際に工費の2分の1(上限25万円)を助成する制度を始めた。しかし対象は所有者や管理者が不明で倒壊の恐れがある慰霊碑に限られ、本年度までの実施例は全国で3件にとどまっている。

 <メモ>清水市忠霊塔 1959年竣工。静岡市清水区迎山町の小高い丘の斜面を利用し建てられた鉄筋コンクリート造りの塔。設計者は現代数寄屋建築を確立し文化勲章を受章した建築家・吉田五十八氏(1894~1973年)。高さ約30メートルの直線的な尖塔(せんとう)は神社の千木を基にしたデザイン。塔の下に御影石のモニュメントが設置され、基壇には当初水が張られていたとされる。西南戦争から太平洋戦争までの戦没者と戦災殉職者約4300柱の霊をまつる。建立時の工費は1640万円。建立には地元住民や企業からも浄財が寄せられた。

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