提唱者はいま(上)「大震法見直し必要」

(2016/1/2 11:30)
1976年に石橋氏が駿河湾での大地震発生の可能性を指摘した手書きのレポート。社会はここから大きく動き出し、78年の大震法成立につながった。

 1976年に石橋克彦東京大理学部助手(現・神戸大名誉教授)が東海地震説(駿河湾地震説)を提唱して今年で40年。静岡新聞社は昨年12月、石橋氏に自説や地震予知を前提とした大規模地震対策特別措置法(大震法)について見解を聞いた。東海地震説を受けて78年に成立した大震法。立法のきっかけを作ったともいえる石橋氏は「見直したほうがよい。予知を大前提にせず、南海トラフ巨大地震対策と統合すべきだ」として抜本的見直しの必要性を示した。石橋氏は大震法の法案作成には関わっていなかった。
 「明日起きてもおかしくない」と言われてきた東海地震。しかし、明確な前兆を捉えることもないまま時が過ぎ、2011年3月の東日本大震災以後は100~150年おきに繰り返すとされる南海トラフ巨大地震に社会の関心が移っている。石橋氏も「駿河湾での大地震が次の南海トラフ巨大地震と同時に起きる可能性を考慮するのは当然だ」という。
 大震法に基づいて予知情報と警戒宣言が出されると、危険地域の住民は一斉に避難を開始。鉄道やバスは運行を中止し、主要道路は規制される。こうしたルールがあるのは現状では東海地震だけだ。社会の負担が大きく、混乱を招きかねないとの指摘がある一方、南海トラフ地震にはこうしたルールが全くない問題点も一部の研究者らが指摘してきた。
■南海トラフ対策と統合を
 石橋氏も「予知の可能性があるとされる東海地震が不意打ちになる恐れがある一方、予知できないといわれる南海トラフ巨大地震でも『これは明らかに異常だ』という(前兆的な)現象が観測されることが絶対ないとは言えない」と地震予知の不確実な実情を指摘。「予知を前提としない地震対策を基本にしつつ、南海トラフ沿いのどこかで異常現象が観測された場合の対応を柔軟に考えておく必要がある」と大震法と南海トラフ地震に関する特別措置法(南海トラフ法)の一本化を提言した。「例えば、鉄道は運行中止ではなく、徐行にとどめるのがいいかもしれない。そうした議論を始めるべきだ」
 石橋氏はこれまで大震法に違和感を持ちながらも具体的な論評はしてこなかった。「国土や社会の在り方といった根本的な地震対策に関心が移り、大震法についてはあまり考えてこなかった」と打ち明け、「現実的対策の重要な仕組みであるのに、東海地震説を言い出した人間として(大震法に)無関心だったのはよくなかった」と自省する。
 「そもそも地震関連の法律は、いくつもの特措法の継ぎはぎではなく、全国的に一本であるべきだろう。各地の地震の理解が不十分ということもある」。石橋氏は地震学の実力に対する過信も懸念してそう強調した。
 石橋氏は1976年、それまで遠州灘沖と考えられていたマグニチュード(M)8級のプレート境界巨大地震の震源域の主要部が本県中・西部の直下を含んだ駿河湾地域になる可能性が高いとする駿河湾地震説を発表して社会に警鐘を鳴らした。

 ■「なぜ起きない」に迫る
 1976年、当時東京大助手の石橋克彦(71)=神戸大名誉教授=が東海地震説(駿河湾地震説)を提唱した。40年の歳月を経て駿河湾はいまだ不気味な沈黙を続ける。提唱当時から「駿河湾地震は単独発生しない」という批判があったが、なぜか―という説明は誰もしてこなかった。今、石橋自身がその問題に迫っている。
 「駿河湾地震の発生原因の考え方は間違っていたかもしれない」―。2014年3月に出版した自著にそんな趣旨の見解を書き、東海地震の発生機構について新たな仮説を打ち出した。昨年12月中旬、石橋は神戸市の自宅で取材に応じ、最新の考えを語った。「陸側のプレートが東向きに動こうとしていることが重要だと考えている」
 東海地震の発生機構は従来、陸側のユーラシアプレートにフィリピン海プレートが沈み込み、プレート境界のひずみが極限に達するとユーラシアプレートが跳ね返る―と説明されてきた。フィリピン海プレートだけが動いているという仮定だ。
 しかし日本付近のユーラシアプレートは、アムールプレートというマイクロプレート(小プレート)で、長期的に東に動いていることが分かりつつある。新説は、フィリピン海プレートの沈み込みに加えて、これを重視する。ただし普段は、日本海東縁~本州内陸の衝突帯や南海トラフの固着域が抵抗になっていて、アムールプレートはすんなりとは東進できない。
 石橋は次のように説明する。(1)アムールプレートにフィリピン海プレートが沈み込む(2)プレート境界にひずみがたまる(3)内陸地震が多発しアムールプレート東進の抵抗が減る(4)南海トラフの巨大な固着域がはがれ(南海トラフ地震の発生)、留め金が外れたアムールプレートが一気に東に動く(5)同プレート東限の駿河湾付近のひずみが増大し、極限に達する(6)アムールプレートが跳ね上がる形で東海地震が起こる―。
 この仮説なら、過去の駿河湾での大地震が必ず南海トラフ巨大地震に伴っていたことを説明できる。南海トラフ地震の数十年前からアムールプレート東縁の衝突帯で内陸地震が活発化してきた事実もこの説を補強する。
 太平洋プレート境界がずれ動き、東日本大震災を引き起こした11年3月の東北地方太平洋沖地震。本州全域で東西圧縮力が大きく解消されたはずが、その後多くの内陸地震は依然、ほぼ東西方向の圧縮力で発生している。「アムールプレート東進説」で石橋が予想した通りだ。「以前から考えていた新説だが、3・11を経て間違っていないという確信を深めた」
 ひずみ蓄積の主因は従来通りフィリピン海プレートの沈み込みであり、東海地震の単独発生も否定されるわけではない。ただ、40年前に単純な「大地震空白域」の考えだけから切迫性を強調したことは「理論的に間違っていたのでは」と思う。
 一方、危機感は増している。駿河湾で大地震が再発することは疑いない。「これからの40年は、それこそ万全の地震対策が求められる」(敬称略)

 南海トラフ―駿河トラフが全域破壊する巨大地震発生の可能性が高まったことを「東海地震説」の提唱者が認め、駿河湾の深奥に新たな光を当てた。社会を大きく動かした提唱者にこの40年間の思いや今後の防災対策への提言を聞いた。

 <メモ>大規模地震対策特別措置法(大震法) 大地震から国民の生命、身体、財産を守るため、地震予知を前提に、「地震防災対策強化地域(強化地域)」の指定や地震観測体制の強化、気象庁長官から「地震予知情報」の報告を受けて内閣総理大臣が「警戒宣言」を発令する仕組みなどを定めた特別措置法。警戒宣言発令に伴って国や自治体、民間事業者などがどう対応するか(地震防災応急対策)をあらかじめ決めておくことなども求めている。東海地震に限った法律ではないが、現在は想定東海地震だけが予知の可能性があるとされ、深刻な被害が予想される8都県157市町村が強化地域に指定されている。
 <メモ>南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(南海トラフ法) 南海トラフ巨大地震に備え、津波対策に関する自治体の財政支援などを強化する特別措置法。遠州灘西部―土佐湾までを対象にした従前の「東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」の範囲を想定東海地震の震源域(駿河湾付近)から日向灘までに拡大し、名称を「南海トラフ―」に改めた。2013年11月、改正・成立。地震予知は前提とせず、万が一、明らかな異常が観測されても大震法の警戒宣言のような仕組みはない。
 <メモ>アムールプレート ロシアのバイカル湖付近から日本海・西南日本までが属するマイクロプレート。従来のユーラシアプレート東端部にあたる。平均で年間1~2センチの速さで東進していることが観測されている。東進に伴い、北米プレート(オホーツクプレート)やフィリピン海プレートとの境界付近に、ひずみが集中する「アムールプレート東縁変動帯」を形成する。同変動帯では、北海道南西沖地震(1993年)や兵庫県南部地震(95年)、鳥取県西部地震(2000年)、新潟県中越地震(04年)、福岡県西方沖地震(05年)、新潟県中越沖地震(07年)、岩手・宮城内陸地震(08年)など、いずれもほぼ東西方向の圧縮力による内陸地震が起きている。同変動帯は、石橋氏が95年ごろから提唱している。

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