メニュー

検索

GOGOワイド らぶらじGOGOワイド らぶらじ

NOW ON AIR

NOTE 放送後記

2017年3月17日 11:02

放送後記

2017年3月17日(金) ≪今日の聞いてみよう≫

金曜日のこのコーナーは「うんちく」です。
今日のうんちくは・・・
「森鴎外」についてです。


今から129年前、明治21年3月17日、ドイツへ留学した森倫太郎青年が『麦酒ノ利尿作用』という論文を発表しています。
この森倫太郎は後に作家になる森鴎外の本名です。
ドイツでビールを飲んだときに、大量のオシッコが出たので「こりゃなんだ」ということで論文にしたのですが、実は森鴎外さんアルコールがほとんど飲めない人で、宴会の席では隅っこでサイダーを飲んでいるような人だったのですが、この論文の為に無理してビールをがぶ飲みして、論文の最後には「利尿作用とは別に、私は膀胱炎になってしまった」と締めています。


森鴎外はその後、医者になり、作家に転身しました。大作家になった大正6年、新聞に「伊沢蘭軒」という江戸時代の医者を主人公にした歴史小説を書いていた時に、広島県の作家・朽木三郎という人物に「森鴎外氏の作品には大いに歴史的誤りがある」という手紙が届きます。
しかしその朽木三郎の指摘がトンチンカンな物だったために「そんな事はありません」と丁寧な返事を森鴎外は書いて送っています。


実は朽木三郎という人物は実在していませんでした。その正体は広島に住んでいた中学生井伏鱒二とその友人でした。
なぜそんな手紙を出したかというと「大作家・森鴎外の手紙が欲しかったから」という理由だったのです。
しかし友人がどうしてもこの手紙は自分が所有したいと言い出したので、中学生の井伏鱒二は再び手紙を出します。
差出人は自分・井伏鱒二で文面は「作家・朽木三郎は急死しました」という内容だったのです。森鴎外はこれに驚き、慌ててお悔やみの手紙を書いています。
そして広島の中学生・井伏鱒二はまんまと森鴎外の2通目の手紙を手に入れたのです。
森鴎外はその後、5年後に亡くなっていますが、さらに9年後、作家になった井伏鱒二が 「森鴎外氏に詫びる件」という文章を新聞に発表し、懺悔しています。


森鴎外は外国語に堪能だったことから多くの翻訳語を作りだしています。
例えばインフォメーションから「情報」という日本語を作っています。
音楽がらみではシンフォニーを交響曲と訳したのも森鴎外です。さらに意外な翻訳語としては、ヨーロッパの土着音楽フォークソング、あるいはトラッドソングを「民衆の歌」ということから「民謡」という言葉を生み出しています。
それ以前は日本では田舎歌・風俗歌などと呼ばれていたものが、そこから「民謡」と呼ばれるようになったのは森鴎外以降の話なのです。


浜松市の歌の作詩もしていて、2007年に今の物に改められるまで86年間歌われていた曲ですが、2番は歌われる事はほとんどありませんでした。
というのも2番の歌詞は日露戦争の数年後ということで「いざとなった銃を持って国を守ろう」という内容だからです。


ちなみに森鴎外さんは子供に海外でも通用するようにオットー、フリッツ、ルイというキラキラした名前を付けていますが、長女マリー、次女アンヌには秘密がありました。
鴎外さんはドイツで付き合っていた女性を捨てて帰国したというのは現在では有名となっていますが、その女性のミドルネームがマリーで、その妹がアンナなのです。
つまり、こっそり娘にその名前を付けているのです。