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2014年11月

2014年11月27日 18:25

愛情運転パトロール

11月27日(木)  お母さんたちに感謝

勤労感謝の日は 過ぎてしまったけれど・・・。 
でも 本当に休める人って少ないと思うんです。


その代表がお母さんたち。
家事に忙しく働いているのに勤労感謝の蚊帳のそと。

クルマの運転だってお父さんより多いくらい。
家族の毎日を お母さんの安全運転が支えているんです。

そこに感謝を忘れたら 
もう食事も作ってくれないかもしれません。

と、いうことで、お母さんはもちろん、
交通安全を支えてくれる すべての人へ。
あなたから 交通安全感謝の日をおくろう。

今日は この言葉を愛情運転の愛・言葉としておくります。

2014年11月27日 18:12

2時のうんちく劇場

11月27日  ブルース・リー

74年前:1940年11月27日
カンフー映画でお馴染みのブルース・リーが
アメリカ・サンフランシスコの中華街で誕生した日です。


産まれた時、両親は中国人としての名前は考えていたのですが、
アメリカで産まれたという事で出生届に英語の名前も必要だ
という事で、その場にいたナースさんが「ブルース」という名前
を考案してくれました。お父さんは中国系ですが、お母さんは
ドイツと中国のハーフですので、ブルース・リーはクォーター
という事になります。


ブルース・リーは学生時代に中国武術を極め、20歳の頃に独自の
武術として截拳道(ジークンドー)を創始しています。
そして26歳の時にひょんな事から俳優となりTVシリーズ
『グリーン・ホーネット』で日系人カトーとして俳優デビュー
しています。そして1971年に初主演映画『ドラゴン危機一発』が
公開され香港歴代興行記録を塗り替え、日本でも人気を得ます。
翌年1972年『ドラゴン怒りの鉄拳』『ドラゴンへの道』が公開され
ブームとなり、1973年に4作目『燃えよドラゴン』が世界中で
公開され大ヒットとなったのですが、実は公開される少し前に
ブルース・リーは共演予定だった女優の自宅で倒れて帰らぬ人
となっています。


この『燃えよドラゴン』はその後のカンフー映画の種を蒔いた
作品で、まずオープニングで闘っているのはサモ・ハン・キンポー。
さらにそのスタントを担当したのがユン・ピョウです。
そして地下麻薬工場で頭をわしづかみにされる男は
ジャッキー・チェンです。


実は『燃えよドラゴン』は最初、日本語で「浮かぶ要塞島」という
タイトルが付けられる事になっていましたがブルース・リーが
亡くなってしまったという事で、急遽、主役を強調する
『燃えよドラゴン』というタイトルに変更されています。
これは映画会社の記録によると司馬遼太郎の『燃えよ剣』から
ヒントを得たそうです。


ブルース・リーというとヌンチャクがお馴染みですが、『燃えよ
ドラゴン』でのブルース・リーのヌンチャク技はそれ以前と比べて
迫力があります。というのも以前は木で出来たヌンチャクを
使っていて撮影現場で怪我人続出だったのですが、
この『燃えよドラゴン』ではプラスティック製のヌンチャクを
使うようになり遠慮せずに振り回せるようになっていたからです。
この当時、日本でもヌンチャクがブームになっていて
プラスティック製ヌンチャクが発売されていたことから、
交友のあった「和製ドラゴン」の異名をもっていた
アクション俳優・倉田保昭さんがお土産で持っていったものです。


ちなみに70年代前半にブルース・リーがアメリカで人気を得た時、
映画会社ワーナーブラザースは東洋人俳優のブームが来ると読んで、
アクションが出来るわけではないのですが、高倉健さんを
「第二のブルース・リー」として売り出す計画を立てたことが
あったそうですが、健さんのサイドからダメ出しがあり
実現しなかったそうです。

2014年11月26日 18:24

愛情運転パトロール

11月26日(水)  大切なものを運んでいる人たちに感謝

勤労感謝の日は過ぎてしまったけれど・・・、
本当に 心も体も休めることが出来た人って少ないと思うんです。

たとえば その代表が バス、トラックの運転手さん。

私たちが休日で浮かれていても、
しっかりと 街を動かしている。

おまけに人の命という大切なものを運んでいるんですから。

きっと交通安全への思いに押しつぶされそうなのに・・・。
 
    
さあ 交通安全を支えてくれる すべての人へ。
あなたから 交通安全 感謝の日をおくろう。

今日はこの言葉を愛情運転の愛・言葉としておくります。

2014年11月26日 18:10

2時のうんちく劇場

11月26日  付録

11月26日は「11(いい)2(ふ)6(ろく)という事から
「いい付録の日」となっています。これは「雑誌の付録のクオリティ
を広く知らしめること」を目的として、日本出版販売株式会社が
決めた記念日です。


最近、雑誌の付録というのが年々凄くなっていて、特に女性誌は
化粧品や傘とか、トートバッグとか、Tシャツとかが付録に付いて
くるような、値段的にそれで元が取れるのか?という物もあります。
この傾向は2000年頃に雑誌の付録規制が緩和されたことが引き金に
なって始まったものです。実はかつて雑誌の付録というのは、
書店が扱うという前提からなぜか「紙とビニールしか素材として
扱ってはいけない」という不正競争防止法もしくは公正取引委員会の
条例があり、あまり特殊な付録が付ける事ができなかったのです。


しかし雑誌の付録は「紙とビニール以外ダメ」と考えると、
子供の頃に買っていた学研の雑誌「学習と科学」の付録は
OKだったの?と疑問符が出てきます。実はアレに関しては「付録」
という位置づけではなく「教材」という扱いだったので、
プラスティック製の付録も可能だったのです。
その「学習と科学」の付録、ちょうどテツさんが小学生だった
1970年に急にグレードアップしています。自分も記憶をさぐって
いくと、ある時を境に「学習と科学」の付録が豪華になってような
記憶があります。というのも、1970年にマルサンという
プラモデルメーカーが倒産して、そこの工場を学研が買い取った
という事があって、突然豪華な付録が付くようになったのです。
その紙とビニールしか付録として扱えないというところから誕生
したのが「ソノシート」というペランペランの塩化ビニールの
レコードで、日本で最初に製造したのは出版系の朝日新聞社と
凸版印刷でした。80年代のパソコン雑誌などにも付録として
ソノシートが付いてる事があって、それをプレイヤーに掛けると
音楽ではなく「ピーガー」というノイズ音が流れているものが
ありました。それをカセットテープに録音してパソコンにデータ
として読み取らせるという方式だったのです。今ではカセット
テープでデータを読み込むって事自体が理解出来ないと思いますが、
そんな時代もあったのです。1980年頃からカセットブック
というものがあったのですが、定期刊行雑誌にはカセットは
付録として付けられないという面倒くさい法律があったので、
ソノシートを付けていたのです。


女性誌の豪華な付録は韓国ではもっと凄い事になっていて、書店の
雑誌売り場にガラス張りのディスプレイがあって、化粧品や
ブランドバッグなどが並んでいることがあるそうです。
雑誌に挟みきれない付録は雑誌を購入すると、そのディスプレイの
中から対応する付録を取りだして渡されるそうです。
市販されているものと同じサイズの化粧品がついているのに、
雑誌の付録になるとその化粧品の本来の値段より安い値段になる事
も少なくないそうです。さらに韓国では料理関係の本では、
油や天ぷら粉が付録だったり、中にはポットや土鍋が付録について
いる場合もあるそうです。

2014年11月25日 17:55

2時のうんちく劇場

11月25日  ダイナマイト

147年前:1867年11月25日
アルフレッド・ノーベルがダイナマイトの特許を取得した日です。


ノーベルさんというとノーベル賞を設立したことで有名ですが、
ノーベルのお父さんイマヌエル・ノーベルは建築家で、使い勝手の
よい合板を発明しています。それが現在も使われているベニヤ板です。
この発明によって息子のアルフレッドがパリやアメリカに
留学できるほど裕福になりました。息子のアルフレッド・ノーベルも
建築や土木の方面に進んだのですが、その当時ニトログリセリン
という液体が発見され、土木工事などで使われるようになった
のですが、これがちょっとの振動でも爆発するという扱いにくい
液体だったのです。ところがある日、ちょっとしたミスで砂に
ニトログリセリンを零してしまったところ、砂に染み込んで
固まってしまったのです。固まった砂はちょっとの事では
爆発しませんでしたが、刺激を与えるとちゃんと爆発する事から、
ノーベルは研究を重ね「珪藻土:けいそうど」という土に
染み込ませた時が一番安定しているということを突き止め、
ダイナマイトを発明する事になったのです。本来は工事現場で
使っていたのですが、しだいに戦争に使われるようになり、
それで大金持ちになったノーベルは「死の商人」と陰口をたたかれる
ようになったのです。そのことから遺言で「ダイナマイトで稼いだ
お金は平和な発明をした人に研究資金として与えて欲しい」と
言葉を残し、ノーベル賞が誕生したのです。


ダイナマイトというとすぐ爆発しそうなイメージありますが、
ちょっと程度の刺激では爆発しません。ちょっとした熱でも
爆発しそうなイメージがありますが、実は火の中にダイナマイトを
投げ入れても基本的には爆発せず、普通の燃料のように燃えて
いくだけだそうです。実はダイナマイトは中心部にあるコードに
繋がった雷管(らいかん)という物が爆発しない限りあの大きな
爆発は起こらないそうです。ただし、ダイナマイトを燃やしている
最中に竹などを一緒に燃やすと、竹がはぜるパチッという刺激で
ダイナマイトが爆発してしまう可能性があるので要注意です。
というか、必ずしも安全なワケではないので燃やさないことが吉です。
熱しても大丈夫なのですが、逆に冬場にダイナマイトが凍って
しまった時が一番アブナイそうです。
凍ってしまったダイナマイトは水分が多く含まれ、
ニトログリセリンの状態に近くなるために、ちょっとの刺激で
爆発することもあるので要注意らしいです。そして意外な事ですが
「ダイナマイトは食べるとほの甘い」そうです。昔の人の証言で、
山奥に隠って工事をしている時、酒のツマミが無くなった時など、
ダイナマイトを薄くスライスして食べたなんて話が残っていて、
永六輔さんの著書や、他の方がそのような事を著作に残しています。
ちなみにノーベルはダイナマイトを発明してそれが多くの命を
奪った事の謝罪の意味でノーベル賞を設立したのですが、約100年後、
ニトログリセリンが血管を拡張するという作用があることから
狭心症の方の命を救うァ事が判明し、1998年に発見者に
ノーベル医学賞が与えられています。

2014年11月25日 17:39

愛情運転パトロール

11月25日(火) お父さんの責任感に感謝

勤労感謝の日は過ぎてしまったけれど・・・、
  

結局 勤労感謝の日は 家族ドライブの運転手として
朝早くから駆り出されるお父さん。

紅葉を楽しんだまではよかったけれど、
帰り道 居眠りをはじめる家族。

それでも しっかり安全運転。
そこに お父さんの責任感が見えました。

家族の皆さんも きっと感謝の気持ち いっぱいですよ。


交通安全を支えてくれる すべての人へ。
あなたから 交通安全 感謝の日をおくろう。

今日は この言葉を愛情運転の愛・言葉としておくります。

2014年11月24日 17:07

2時のうんちく劇場

11月24日  三島

現在、SBSテレビで毎週日曜9時から放送中のドラマ
「ごめんね青春!」をご存じでしょうか?
関ジャニ∞の錦戸亮さんが主演で、脚本が宮藤官九郎さんの
学園ドラマなのですが、その学校があるのが静岡県三島市という事で、
ロケも三島周辺で行われています。
宮藤官九郎さんは「あまちゃん」で岩手県を盛り上げ町おこしに
一役買ったという事もあって、この「ごめんよ青春!」には
三島だけでなく伊豆箱根鉄道や函南の酪農王国オラッチェ、
沼津の三津シーパラダイスなどなど観光名所が毎回のように
登場してくる、観光ドラマにもなっています。


と言うことで、今日はその舞台となっている「三島市」について
のお話です。


江戸時代、この三島は東海道五十三次の宿場町として栄えていました。
江戸から歩いてきて小田原宿から箱根の関所を越えて降りてきた
次の宿が三島宿でした。でも冷静に考えると、三島に降りてくる前に
箱根があって、その箱根は温泉も湧いているので、そこに泊まれば
いいのに、なぜか東海道五十三次には箱根宿がありません。
実は箱根には江戸時代から温泉宿があって栄えていたのですが、
この箱根の宿に泊まることが出来たのは大名行列と湯治客のみ
となっていました。湯治客は江戸からやってきて箱根温泉に入って、
そのまま江戸に帰っていく客のみです。これは小田原と三島の宿の
利益を守るための措置で、もし旅人に箱根宿を許可すると
ほとんどの客が温泉のある箱根に泊まってしまい、三島と小田原が
寂れてしまうからそのようになっていたそうです。


三島大社が有名ですが、創建されたのは1200年以上前で年代は
ハッキリしていないのですが、平安時代、西暦758年頃にはすでに
あったとされています。歴史の中では、伊豆に流されていた源頼朝が
百日間、三島大社に通って武運を高めて打倒平家の祈願をして、
そこから全国制覇に至るというストーリーがあります。
そのことから武運を高める神社として有名になり、鎌倉時代末期には
新田義貞が打倒足利尊氏を祈願するために三島大社を訪れていますが、
その数日後に足利尊氏が打倒新田義貞を祈願するために訪れています。
他には戦国時代の初期に北条早雲も三島大社を訪れて、
一晩中祈り続けた末「杉をネズミが倒す夢を見た。これは子年産まれ
の私が上杉を倒すことを予言している」と書き記しています。
現在も三島大社は勝負事をする人が縁起を担ぐことで有名で、
2004年には当時西武ライオンズにいた松坂大輔投手が三島大社で
結婚式を挙げています。翌年メジャーに挑戦しているのです。


ちなみに幕末頃から歌われている「農兵節」の中には
「三島女郎衆はのーえ」という歌詞が出てきます。江戸時代に宿場町
として栄えた三島には当然のように遊廓があったのですが、
すでに戦国時代には存在して、豊臣秀吉が三島遊廓を奨励したなんて
記録もあります。その歴史は明治時代以降も続き、昭和40年頃まで
細々と芸者衆が営業していた記録が残っています。
その旅籠があったのが公開放送を何度も開催しているサントムーンの
近くだったそうです。

2014年11月24日 17:03

愛情運転パトロール

11月24日(月)  交通安全を支えてくれるすべての人へ


勤労感謝の日は過ぎてしまったけれど・・・、
  

今朝も 朝早くから 
横断歩道で子どもたちの登校を見守る人がいる

吐く息も真っ白な寒い冬なのに、
ボランティアとして何十年も交差点にたち、
交通安全を見守る人もいる。

きっと、その姿に
交通安全の心を学び取った子どもたちも多いはず
そこに 感謝の気持ち いっぱいです。


交通安全を支えてくれる すべての人へ。
あなたから 交通安全 感謝の日をおくろう。

今日は、この言葉を愛情運転の愛・言葉としておくります。

2014年11月21日 18:43

愛情運転パトロール

11月21日(金)  おもいやりパッシング運動

おもいやりパッシング運動ってご存知ですか?
    
横断歩道を渡ろうとしている人がいたら、
気がついたドライバーが すすんでクルマを停め、
同時に 対向車にもパッシングして合図を送り
停まってもらおうという運動です。

ドライバー同士が ヘッドランプを使ってアイコンタクト。
歩行者のスムーズな横断を守るんです。


本当は 運動なんて言葉、ないほうがいいかもしれません。
でも 同じ道路で出会った人と人。

お互いが もっともっと関心をもってほしいから・・・。
それまで ガンバロウと いうわけです。

    
安全運転は心のうつくしさ。


もっともっと街のあちこちで見ることができると
いいですよね。    
さあ、あなたも 横断歩道に歩行者を見つけたら
思いやりパッシング運動をぜひ。

2014年11月20日 17:44

2時のうんちく劇場

11月20日  ピザ (ピッツァ)

1851年11月20日、イタリアの女王マルゲリータ・ディ・サヴォイア
=ジェノヴァの誕生日です。


この方、ピザのマルゲリータの名前を残している方で、その事も
あって誕生日の11月20日は「ピザの日」となっています。実はその
「ピザの日」を平成7年に申請したのは凸版印刷。なぜ印刷会社が?
という疑問がありますが、伝聞では「当時、凸版印刷の営業が
イタリア料理本出版のPR活動の一環として登録した」らしいです。


名前が残されているマルゲリータピザは「モッツァレッラチーズの白、
トマトの赤、バジリコの緑」でイタリア国旗を表しています。
その国旗の三色は本来、緑は国土、白は正義平和、赤は愛国心を
意味しています。その「マルゲリータ」を作ったピザ職人は
ブランディという店のラファエーレ・エスポジトという料理人ですが、
もともとピザというのは庶民が食べる安い食事だったのですが、
女王の名前を付けるということで、当時高級品だった
モッツァレラチーズとスペイン経由で南米から伝わったばかりの
トマトを使ったお洒落な一品に仕上げて王妃に出したのだそうです。
つまりピザ=トマトというのはここから始まったのです。このピザの
大ヒットでイタリアで南米から入ってきたばかりのトマトが
大量栽培される事になっていきます。ちなみに本場イタリアでは
発音は「ピッツァ」で英語でも「ピッツァ」ですが、日本では「ピザ」
と発音する事が一般的です。これはどうやら日本へはフランス経由で
入ってきたからだとされていて、フランスでの発音が「ピザ」なのです。


そのピザにはタバスコが定番ですが、実はピザをはじめとして
スパゲティなどにタバスコを掛けるのは日本独自の文化だそうです。
タバスコはアメリカの香辛料なのでイタリアとは関係がありません。
これは1960年代にタバスコを大量に輸入した業者が使い道の少ない
タバスコを売り込むために、スパゲティやピザのある店に出向き
「本場ではこうやって食べるんだよ」と嘘の宣伝をした事で広がった
ものだそうです。1980年代に日本にやってきたイタリア人シェフが
日本での食べ方を見て驚き、イタリアに帰った後「和風スパゲティ」
としてタバスコ風味のメニューを作った事があるそうです。
近年、イタリア旅行する日本人が本場のピザハウスで「タバスコは
無いのか」と聞くことも多かったことから、最近はイタリアの店
でもタバスコを常備している所が増えているそうです。少し前まで
アメリカで売られているタバスコのパッケージには
「変わった使用法として日本ではピザやスパゲティに掛けるらしいぜ」
と書かれていたそうです。