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2013年12月

2013年12月31日 17:33

2時のうんちく劇場

12月31日  大晦日

 


本日は大晦日ですが「ミソカ」というのは30歳を意味する「ミソジ」
という言葉があるように30日という意味です。江戸時代までは月の
満ち欠けで暦を読む、太陰暦というモノが使われていて、月が30日で
掛けていく事から30日ミソカが月末の意味で、その1年の最後の月末
が「大ミソカ」だったのです。


オオミソカ、漢字で書くと「日へんに毎日の毎」と書く文字が使われて
いますが、大晦日という漢字は本来は「オオツゴモリ」と読みます。
ツゴモリというのは、江戸時代までの月を基準にした暦の中で、
月が満ちて欠け、真っ暗になった月末は「月が籠もる」という意味で、
1年の最後のオオツゴモリという意味なのです。


大晦日、便秘気味の方はトイレでやる儀式があります。江戸時代、
便秘というものは妖怪がんばり入道が引き起こす災難で、トイレの外で
「出ないように、出ないように」と踏ん張っている妖怪です。便秘を
解消したい人は、大晦日の夜、トイレの中で「がんばり入道ホトトギス」
と3回唱えると翌年は便秘知らずになるとされています。ホトトギス
というのはトイレでホトトギスの声を聞くと不幸になると言う迷信が
あった事から来ているそうです。


正月に使う「祝い箸」と言われるお箸がありますが、大晦日の夜に
その家の家長が箸入れ袋にそれぞれ使う人の名前を書き込むことに
なっています。これによって一年間は食に困らないようになるそうです。
ついでにスペアの祝い箸には「海山」と書いておき、これはお客さま用
に使います。ちなみにこの祝い箸は両側が削ってありますが、よく大皿
の料理を取るときに使っていない側を使う事がありますが、
これはやってはイケナイ作法です。箸の上側は一緒に食事をしている
神様が使う側なので、取り箸に使ってはいけないのです。


大晦日から正月にかけて除夜の鐘を撞きますが、108回という数字は
仏教の中で人間の感覚「見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る、思う」の6、
そして欲望「好き、嫌い、どちらでもない、求める、避ける、
どちらでもない」という6を合わせた、6×6の36に過去・現在・未来
の3つの現世を掛けた36×3で108になったと言われています。
別の説では、生きていると色々大変で四苦八苦する事から、四苦が
4×9で36、八苦が8×9で72となり、36と72を足して108に
なるとも言われています。


除夜の鐘は108回撞きますが、最後の1つは年が明けた瞬間に撞くこと
になっています。と言っても、真夜中12時を超えた所ではなく、
江戸時代まで1日の始まりは日が出た瞬間となっていたので、
初日の出と同時に撞くのが正式な作法となっています。

 

 

2013年12月30日 16:57

2時のうんちく劇場

12月30日  忘年会

 


いよいよ年の瀬という事で、ちょっともうその時期は過ぎて
しまったかも知れませんが「忘年会」についてのお話を
したいと思います。


忘年会というと「年を忘れる会」という事ですが、この名前の
ルーツは鎌倉時代にまで遡る事ができます。と言っても酒飲んで
料理を食べてのドンチャン騒ぎではなく、優雅に厳かに和歌など
を詠んで、今年一年の色々な事を洗い流し、新しい年を新しい
気持ちで迎えましょうという「年忘れ」という貴族の行事だった
そうです。それが江戸時代になって「一年間苦労した事を忘れる
為に親しい者同志が集まり酒を酌み交わす」という形式が
誕生しています。でも江戸時代は忘年会より新年会の方が一般的
だったみたいです。現在のような形の忘年会が始まったのは
明治時代です。


現在の忘年会のキッカケは、慶応2年1866年、政治家の中井弘が
ヨーロッパへ研修旅行にいった際、大晦日、船に乗っていたのです
が年が明ける直前に人々が酒を飲み、笛や太鼓を叩きながら踊り
始めたという事で「これは忘年会と称するモノである」と日記に
書き残しています。この大晦日が明けた、翌年1867年に日本は
大政奉還により明治時代2に入っています。日本人によるドンチャン
騒ぎの忘年会として記録されている古いものは、明治10年12月28日
に築地にあった「大椿楼:だいちんろう」で開催された宴会が
あります。この宴会は、さきほどの中井弘が幹事となって、
伊藤博文を始めとした大物政治家が参加しています。その忘年会は
飲めや歌えの大騒ぎとなり、途中で幹事だった中井弘が
酔いつぶされてしまい、伊藤博文がイタズラで中井弘のヒゲを
剃ってしまったという話も残されています。その後、政治家の真似
をした帝国大学の学生が真似をして忘年会をするようになり、
徐々に一般人へも広がっていったのです。明治38年に夏目漱石が
書いた「吾輩は猫である」の中には何の説明もなく「忘年会」
という言葉が出てくる事から、明治時代の中頃にはかなり浸透して
いた言葉だったと思われます。


ちなみに最近はビールというと缶ビールが主流で、忘年会など
居酒屋などで飲むときじゃないと瓶のビールはなかなかお目に
掛かりません。その時、栓抜きでポンッと栓を開けるのが快感でも
あるのですが、実はその時点で法律違反を犯している可能性が
あります。と言っても客側ではなく、お店側の問題です。居酒屋など
を経営する為には営業許可があればいいのですが、そこで提供される
お酒などを酒屋で売っている状態のまま、つまり栓をしたまま出すと
「酒を販売した」という事で、酒屋の営業許可「酒類販売免許」が
必要になってしまいます。つまりその免許を取得していない居酒屋で、
栓をしたままのビールを提供してはいけないとなっています。

 

 

 

2013年12月27日 19:22

放送後記

12月27日 今週のカツヤマ推し!

 

今日のカツヤマ推し!(日替わり325)のゲストは

焼津のシンガー「TOMOtive」さんです。

音楽だけでなく、アニメやゲームに関する話題でとっても

盛り上がりました。

 

RIMG0777.jpg

 

来年2月2日(日)に藤枝市にある「ViVi藤枝」でのフリーライブに

参加予定だそうです。

 

 

2013年12月27日 15:37

キャスドラスクーピー

2013.12.27 焼津たち吉 静岡店 キャスタードライバー安川侑希

 

いちまるホーミングprezents、教えて!リフォーム博士のコーナーで

静岡市葵区昭和町アイワンビル2Fにあります、焼津たち吉静岡店にお邪魔しました。

 

焼津に本店がありますが、

静岡にも店を構えて7年目になるという店内は全体が木で作られていて、

ぬくもり感じる和の空間が広がっていました。

思わず背筋がしゃきん!とするほど高級な空気でした。

お話を伺ったのは店長の大石さんです。

店内はいくつかのゾーンに客席がわかれています。

カウンター、座敷、個室などなど。

特にわたしが気になったのは、カウンター天ぷら席です。

半円状のカウンターでは目の前でてんぷらを揚げてくれ、

もちろん出来たてを食べることができます。

掘りごたつなので、足も楽々な体勢で座ることができます。

いちまるホーミングに依頼をして、イメージ通りの出来という大石さん。

本当に素敵なつくりでした。

もちろんお料理も素敵揃いです。

試食でいただいたのは、ふぐのお刺身。

下関から天然のとらふぐをお取り寄せしているという自慢の一品。

初めて食べました、ふぐ!

噛みごたえのある身にさっぱりポン酢でいただくのがまた美味しかったです!

あさつきという、これも下関から取り寄せている直径2.3ミリの小口ねぎもまた、

味わってほしいという大石さん。

ふぐの皮も一緒に出していただきました。

コラーゲンたっぷりな風味も一緒に楽しむことができました。

ごちそうさまでした!

忘年会で忙しい時期でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。

新年会の予約もまだまだ受付中ですよ。

お問い合わせ番号は

054-254-2929

です!

 

みなさん、新年会は是非焼津たち吉静岡店に足を運んでみてくださいね。 

 

2013年12月26日 17:42

2時のうんちく劇場

12月26日   図書館

 


1931年12月26日:アメリカの学者メルヴィル・デューイが80歳で
亡くなった日です。
このデューイさんは図書館の蔵書の分類法を考案した方で、書籍
を大きく10の類に分け、各類をさらに10綱に、各綱を10目に分類
して、その本のジャンルを3桁の数字で表現する方法として、
現在も「デューイ十進分類法」として採用されています。


日本で一番蔵書が多い図書館というと国会議事堂の近くにある
「国立国会図書館」ですが、実は出版協会に属してる出版社から
出版された本は、30日以内に国会図書館に納品しなければ
いけない義務があります。つまり日本で発売された商業出版の
すべての本が所蔵されて、「日めくり うんちく劇場」も当然所蔵
されいるワケですが、年々蔵書がとんでもない数増えています。
ちなみに30日以内に納品するという義務を怠ると、出版物の5冊分
に当たる反則金を払わなくてはいけない事になっています。


今年の1月にニューヨークのフォート・ワシントン図書館に
「返却を怠っていました」と「フランシスコ・ザビエルの苦悩」
という本と延滞料金として100ドルの小切手が入った荷物が届き
ました。その本の貸し出し記録を見ると「1958年4月」と書いて
あったので、55年振りに返却されたという事になります。
とりあえずその図書館での本の延滞料金は1日25セントとなって
いるので、単純計算では5000ドル(日本円で約46万円)ですが、
図書館は延滞金に関してもとの本の価格以上は請求しないという事
になっているので100ドルでも構わないと延べています。


55年でも凄いのですが、もっとも長い延滞記録は、1823年に
シンシナティ医科大学図書館で貸し出された本が、借りた人物の
曾孫によって1968年に返された145年という記録です。
Jカリー博士著作『熱病』と言う医学書なのですが、借りた本人が
その直後に死去したらしく、さらに図書館の担当が途中で代わった
為にウヤムヤになっていたそうですが、ひ孫が家を建て直す事で
色々整理している中で図書館の本を見つけて返却したというもの
なのです。この延滞の累計金は計算では1万3000ドル、日本円で
120万円ほどになっていたのですが。これも免除されています。
日本初の公共図書館が出来たのは、141年前の明治5年の京都集書院
と言われているので、145年の記録を破ることは出来そうにも
ありません。


ちなみにギネスブックには「図書館にある本の中で一番盗まれる本は
ギネスブック」と書かれています。

 

 

 

2013年12月26日 10:25

2時のうんちく劇場

12月25日   ロボット

 


1938年12月25日:チェコの劇作家のカレル・チャペックが48歳で
亡くなりました。
この方は1920年に「R・U・R」という作品の中で『ロボット』
という言葉を考案しています。ロボットという言葉の産みの親が
カレル・チャペックさんなのです。このチャペックさんは
ノーベル文学賞確実と言われるほどチェコでは大作家だった
のですが、1938年文学賞候補になった直後に亡くなってしまい、
受賞する事は出来ませんでした。


ロボットという言葉ですが、もともとチェコ語で強制労働という
意味の言葉「Robota(ロボータ)」を元に作り出した造語
なのです。もっともチャペックさんがロボットという言葉を
作り出す前から、色々な小説などで機械仕掛けの人間もどきは
描かれています。現実に存在したロボットでは1780年、
オーストリアの皇帝ジョセフが機械仕掛けの人間を、ロシアの
女帝・エカテリーナやフランスの皇帝・ナポレオンにチェスを
するロボットを見せて彼らを羨ましがらせています。もっとも
中には人間が入っていたのですが。


日本初のロボットとされるのは昭和3年に、昭和天皇即位式記念
の博覧会に出品された「學天則:がくてんそく」と呼ばれる物
です。ロボットと言っても机の上に上半身だけの姿で、考え込む
ポーズから何かを思いついたように右手に持ったペンを
動かしたりするカラクリ人形だったそうです。この學天則を
考案したのは西村真琴教授という方で、映画「帝都物語」の中
にも學天則と共に登場します。実は西村真琴教授の次男が俳優の
西村晃さんで、映画「帝都物語」の中では西村真琴さん役を
熱演しています。


カレル・チャペックの作品「R・U・R」は大正12年に日本で
宇賀伊津緒さんが翻訳していますが、そこでロボットは「人造
人間」と訳されています。しかし、現在「人造人間」は一般的に
アンドロイドという言葉の訳だとされ、ロボットに見えない
人間型の人造物という感じです。ロボットという言葉は1920年頃
に作られましたが、人造人間アンドロイドは1886年に
オーギュスト・ヴィリエ・ド・リラダンが書いた小説『未来の
イヴ』の中に登場するのが最初です。この小説の主人公は発明王
エジソンで、エジソン博士が女性ソックリの人造人間アンド
ロイドを作っています。つまり世界初のアンドロイドを作った
のはエジソンという事になっています。


ちなみにアンドロイドとは、ギリシャ語で人間を意味する
「アンドロ:andro」と、もどきという意味の「オイド:-oid」
という言葉を繋げた言葉で、古くはカラクリ人形を指す言葉だった
みたいです。ちなみにロボットというのはすべて機械で作られた
モノという定義がされていますので、映画で有名な「ロボコップ」
は警察官の脳みそを移植して作られているので、定義上では
ロボットではなくサイボーグです。

 

 

 

2013年12月26日 10:20

2時のうんちく劇場

12月24日   七面鳥

 


クリスマスということで、本来この日に家族揃って食べる
のは七面鳥ですが、日本では手に入りにくいということから
何故かケンタッキーフライドチキンを食べる日になって
います。ということで、実際にはあまりお馴染みではない
七面鳥のお話です。


七面鳥という名前ですが、これは首の所の皮膚が興奮したり
すると赤、青、紫など色が変化する事から名付けられたもの
らしいです。実際には七色には変化しませんが。


英語ではターキーと言います。ボウリングでストライクを
3回連続して出した時にもターキーと呼びますが、ボウリング
がアメリカで始まった頃、とあるボウリング場で「三連続
ストライクを出したら、七面鳥の料理をプレゼント!」と
サービスした事からターキーと呼ぶようになったとされて
います。
そのターキーですが、これは「トルコの~」という意味です。
しかし七面鳥はトルコ原産ではありません。大昔アフリカに
棲息していた鳥がトルコ経由でヨーロッパに入ってきた時に
「トルコ原産の」という意味でターキーと名付けられたの
ですが、実はそのときにヨーロッパにやって来た鳥は七面鳥
ではなく、ホロホロ鳥というまったく別の鳥でした。
その後、コロンブスがアメリカ大陸を発見した時に、そこに
似たような鳥がいたことから、その鳥の事もターキーと呼ぶ
ようになったのです。その後、元になったホロホロ鳥には
ギニア・ファウル(guinea fowl)という別名が与えられ、
いつの間にかトルコを経由していないアメリカ大陸の鳥だけ
がターキーと呼ばれるようになってしまったのです。
その七面鳥はトルコではなぜかインドからやって来たと言う
意味の「ヒンディ(hindi)」と呼ばれています。
他にもロシアやフランスでも「インドの鳥」という意味で呼ばれ、
ノルウェーではさらに「カルカッタの鶏(kalkutisches Huhn)」
とインドの都市の名前で呼ばれています。他にはアラビア語
では「ギリシャの鳥」、ギリシャ語で「フランスの鶏」と
出身地が混乱しており、原産地と思われているインドや
ポルトガルでは南アメリカの地名「ペルー」と呼ばれ、
マレー語で「オランダの鶏」と大混乱しています。


インドの名前が付いている事が多いのですが、実は七面鳥は
北アメリカ原産の鳥で、もともとはコロンブスがアメリカ大陸を
発見した時に「ここがインドだ」と勘違いした事から、そこに
いた鳥を「インドの鳥」と名付けたのがキッカケです。


そもそもクリスマスに七面鳥を食べる習慣は、アメリカ開拓時代に
収穫祭の時に先住民族からの贈り物として収穫祭に食べたのが
キッカケで、それがクリスマスの時にも食べるようになり、
それがヨーロッパへも伝わったという話で、クリスマスも
宗教的な意味も全くないものだったそうです。

 

 

2013年12月19日 19:00

キャスドラスクーピー

12月19日(木) 静岡トヨペット 伊東店

 

静岡トヨペット 伊東店へ★

新型ハリアー かっこいい!!

20131219 静岡トヨペット 伊東店 (8).jpg

 

続きを見る »

2013年12月19日 17:46

2時のうんちく劇場

12月19日  ファーブル

 


1823年12月19日。この日『ファーブル昆虫記』で有名な昆虫学者、
ジャン・アンリ・ファーブルがフランスに生まれています。


ファーブルは少年時代に父親の事業の失敗により一家離散となり
15歳で学校を中退しています。しかし勉強する事が好きだったので
教会で仕事をしながら授業料免除を受けて師範学校に通い、首席で
卒業しています。そしてその後、様々な仕事を経験し中学教師
にまでなっています。ファーブルは多くの人に学問は面白い
という事を知って貰うために、礼拝堂で市民を対象にした講座を
開いていたのですが、1863年「植物はおしべとめしべで受粉して
子孫を増やす」という、今では当たり前の内容の講座があまりにも
卑猥で道徳的ではないと、参加者の女性たちから批判が起こり、
それがキッカケで教師の職まで追われています。これはどうやら
学校などで派閥に属さず、当時力を持っていた宗教家たちとも
繋がりを持っていなかったことで、元々煙たがられていた存在
だったファーブルを追い出すための策略だったのではと言われて
います。


本来は植物学を専攻していてアカネの花から染料のアリザリンを
抽出する研究などをしていたのですが、職を追われ移り住んだ家に
1ヘクタールほどの庭があり、そこで様々な植物を育てている内に
そこに集まってきた虫に興味を引かれ、それらを記録していく
ようになります。「ファーブル昆虫記」は学者などには評判が
悪かったのですが、一般市民には面白い読み物として受け入れ
られています。というのもファーブルは学者という顔とは別に
詩人という顔も持っていて、沢山の詩を残していることから、
面白い読み物として文章を組み立てる事が出来たのです。ただし
ファーブルは面白く書くというサービス精神が旺盛だった事も
あって、研究していて解らない部分は想像で面白おかしく書いて
しまう傾向があって、後の研究で間違いが多く指摘されています。
それでも一般人と同じ視線で昆虫を研究した事で評価されていて、
ある時は「虫って食べたらどんな味がするのか?」とセミの
幼虫を家族揃って食べたこともあります。自分一人で食べると
個人的な味の趣味で偏ったことを書いてしまうので、奥さんや
子供達の意見も聞きたかったからだそうです。
その結果「セミの幼虫はエビのような味がして、けっこういけた」
と書いています。


「ファーブル昆虫記」は世界中で翻訳されていますが、日本で最初
に翻訳したのは大正時代の社会運動家の大杉栄です。大正11年に
第1巻の翻訳本を出しているのですが、その続巻を翻訳している
最中に関東大震災が起こり、その後「甘粕事件」と言われる憲兵
に連行され殺害されてる事件に巻き込まれ、続巻は出ないまま
終わっています。本国フランスでは初版が1919年に出ていますが、
70年後の1989年まで再版されていません。フランス人は犬より
ちいさな生き物に興味をもたないとも言われています。

2013年12月18日 17:44

2時のうんちく劇場

12月18日   犬

 


1695年12月18日 - 生類憐れみの令に伴い、徳川綱吉が
武蔵・中野村に16万坪の「お犬小屋」を設置した日です。


江戸時代にブームになった犬は「狆:ちん」という小型犬で、
徳川綱吉も江戸城の中で狆を100匹ほど座敷犬として飼っていた
そうです。毛足が長いので西洋犬のようにも見えますが、
日本原産の犬です。漢字で「獣偏に中」と書いて狆なのですが、
当時は犬は外で、猫は家の中で飼うとだいたい決まっていた
のですが、狆は家の中で飼える犬なので、イヌとネコの中間
として「獣偏に中」になったそうです。


日本原産の小型犬に柴犬がいますが、最近はさらに小さな
「豆柴」と呼ばれる柴犬がいます。実は柴犬の「柴」という
のは古い言葉で「小さい」という意味で、お爺さんが山に刈り
にいく「柴」も、庭園にある「芝」も小さいという意味から
来た言葉です。そう言う意味で小さいを意味する「豆」を
つけたマメシバは重複言葉です。


昔話の中で犬が活躍するといえば「花咲爺さん」ですが、童話
では「裏のはたけでポチが鳴く」となっていますが、このポチ
という名前、諸説ありますが英語で犬を砕けた感じ、日本だと
ワンチャンとかワンコみたいな感じで呼ぶときにdogではなく
pooch(ポーチ)と呼ぶので、ここから来たのではないかと
考えられています。


実は明治時代に犬の名前に「カメ」と付けるのが一部で流行り
ました。外国人が犬を呼ぶ時に「Come in!」と発音していたのを
聞き「犬を見るとカメカメというので、あれが名前なのだ」
と付けてしまったのです。そういう意味ではポーチ、ポーチと
呼びかけているのを見てポチの名前が付いた可能性もあります。
もし英語が語源だったら、童謡の「花咲爺さん」に出てくる
「裏の畑でポチが鳴く」はおかしいという事になりますが、
この曲は明治34年に作られているので、英語由来の可能性も
否定出来ません。ちなみに童話「花咲爺さん」は話に色々な
バリエーションがあるのですが、江戸時代に書かれたものでは
『ある日お婆さんが川に洗濯をしに行くと上流から犬が
流れてきた』という物もある


犬は匂いに関してかなり敏感ですが、犬種によって得意な匂いが
違っていて、スヌーピーのモデルになったビーグル犬はシロアリ
の臭いを感知する能力が発達していて、アメリカでは不動産売買
の時にビーグル犬が活躍するそうです。犬は鼻が利くかわりに、
味に対しては鈍感に出来ているそうです。その中でも特に塩味に
関してはほとんど理解出来ないそうです。喜んで食べるモノは
匂いの良いモノ、そして歯ごたえのあるモノだそうです。