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2012年12月

2012年12月31日 17:21

お知らせ

12月31日~  長寿庵の「干支最中と干支饅頭」

12月31日(月)からのプレゼントは、藤枝市にある明治10年創業の

和菓子店 『駿河菓子処 長寿庵』の「干支最中」と「干支饅頭」です。

番組宛てにメッセージをいただいた中から、毎日各2人計4人の方に

プレゼントです。

「干支最中」は今年の干支「巳」を模った最中で、みかん餡と小豆餡の

2種類の詰め合わせ。

「干支饅頭」は上品な白餡を包んだ饅頭に「巳」の文字の焼印が押されて

います。

 

こちらの商品は、藤枝市音羽町にある長寿庵本店、または静岡伊勢丹地下

にある「ふるさと村」でもお買い求めいただけます。お年賀にぴったりのお菓子

ですので、ぜひ、ご利用ください。

2012年12月28日 17:37

情報五つ星

12月28日  第138回 江戸文化の研究


第138回の今日は、江戸文化の研究に没頭しているという、
静岡市にお住まいの遠藤正雄さんにお越しいただきました。

 

RIMG0412.jpg

 

静岡の歴史を知りたいと、駿府博物館の版画教室と
十返舎一九研究会をきっかけに、浮世絵や十辺舎一句の世界に
はまり、講演会に参加したり、ゆかりの地を訪ねたりして
知識を高めているそうです。

勉強すれば勉強するほど、面白くなりそうなお話でした。

2012年12月27日 18:12

2時のうんちく劇場

12月27日 煉瓦:レンガ

 


127年前・1885年12月27日:浅草の表参道の仲見世が近代的なレンガの
建物に建て替えられた日明治18年のこの時代、煉瓦造りの建物は
最先端のカッコイイものだった事から、日本各地の商店街が「仲見世」
という言葉を使い始めるキッカケになりました。


レンガというのは西洋では古くから使われていて、紀元前2000年より前
に存在していた古代バビロニアでは大きな建物はすべてレンガで
作られていたそうですが、この時に作られた大きな塔が伝説の
「バベルの塔」のモデルとされていますが、レンガというのは粘土を
焼き固めて作るのですが、とにかく大量のレンガを作るためにそこら中
の山林が伐採されて砂漠になってしまい、この結果バビロニアという国
が滅びるキッカケになっています。
これが人類史上初の環境破壊だとされいます。


古代からヨーロッパではレンガが作られていたのですが、日本にこの技術
が入ってきたのは江戸時代の終わり頃です。実はその日本初のレンガが
作られたのは静岡県・河津町です。ちょうどペリーの乗った黒船が
やってきて開国を迫っていた時代、韮山代官を務めていた
江川太郎左右衛門さんは現在のお台場で防衛大臣みたいな仕事をしていた
ことから「外国に対抗する大砲を作らなければいけない」という事で、
その大砲を作る反射炉の建築を始めたのです。その反射炉のために
レンガという物も作らなければいけないと伊豆のアチコチの土を調査した
結果、河津町の梨本の土が最適だという事で日本のレンガ造りを始めた
のです。最初、反射炉は下田に作り始めました。ここで外国に知られずに
コッソリと大砲を作って船でお台場まで運ぶという計画だったのです。
ところが予想より早くアメリカの人々がやってきてしまい、慌てた幕府が
「アメリカの水兵を江戸から離れた場所で待機させろ」と停泊地として
下田を指定してしまったのです。コッソリ大砲を作っている事がばれては
困るということで、建設途中だった反射炉を壊して、
急遽、江川太郎左右衛門さんが代官をしていた韮山に作ることにした
というワケです。この時に使われた日本初のレンガは今でも韮山の反射炉
にそのまま残されています。


英語ではレンガはブロックと言いますが、英語では大学を表すときに
「ブルーブロックユニバーシティ(blue brick university)」
「レッドブロックユニバーシティ(red brick university)」という呼び名
があります。ブルーブロックというのは石造りの建物、レッドブロック
というのは焼きレンガ造りの建物という意味で、ブルーロックは一流大学を
指し、レッドブロックは二流大学を指すそうです。


ちなみにブロックをドイツ語で言うと「ブリック」です。四角い牛乳など
のパックをブリックパックというのはレンガという意味なのです。

2012年12月27日 16:51

情報五つ星

12月27日  日本一周方言の旅 『京都府編』


12回目の今日は、「京都府』について教えてもらいました。

電話でお話をうかがったのは、京都市左京区にある「平安神宮」の
南坊城卓英(みなみぼうじょう・たかひで)さんです。

お正月は三が日で40万人の人が訪れるという平安神宮は、
京都の若者が成人式を行う場所としても有名で、
これからかなり忙しくなられるようです。

それでは、京都弁講座です。
京都弁というと叱られる場合があります、地元の方は『京ことば』
というそうですよ。

≪初級編≫

● おいでやす  =  ようこそいらっしゃいました。

☆語尾につける言葉で意味あいが変化する
● おいでぇ(な)=  こちらへ来てください。
● おいでやす(か) = ~いますか?

≪中級編≫
● 年末、おことうさんどすな
           = 年末、忙しそうですね

≪上級編≫
● おおきに、はばかりさん
           = おおいに、ありがとう

☆「はばかりさん」だけで使うと「トイレ」という意味に
 なるので注意してくださいね。

では、最後の告白の一言!


『わしは、 玲子さんのことが、 むちゃ 好きです~

冬の古都、京都への旅・・・素敵ですよね。
皆さんもぜひ、お出かけください。

2012年12月26日 18:04

2時のうんちく劇場

12月26日   雪

 


74年前:1938年12月26日:北海道大学の中谷宇吉郎らが、
雪の人工結晶に成功。雪を人工的に作り出すことに成功しています。
この時、雪の結晶が出来る前の中心部には細かく粉状にしたウサギの
毛が使われていたそうです。ということで本日は雪のおはなし。

 

現在ドラマで雪はCGや人工雪が使われていますが、かつては発砲
スチロール製の雪が多かった。映画初期は刻んだニワトリの羽根を
使った事もあるが俳優が吸い込みむせてしまうため、すり下ろした
お麩を使っていた時代もある。寒い季節ですがそれを逆手に取って
楽しもうという事で「雪合戦」という物があります。
日本では平安時代から行われていたみたいですが、戦国時代の武将・
毛利元就は70歳を越えたとある雪の日「雪合戦をしたいので座敷に
雪を運び込め」と命令し、そこで家臣達と思う存分雪合戦をした事が
あるそうです。そういうお茶目な人がいるかと思うと、雪合戦などを
好まない人もいて、札幌農学校にやってきたクラーク博士は学校の
生徒が雪合戦をしていた処に遭遇し、学生がふざけてクラーク博士に
雪玉をぶつけたのに腹を立て、足元にあった石を雪で包んで投げつけ


「教室に入れ!」と怒鳴った事があるそうです。
雪合戦の記録が残っている平安時代というのはとにかく寒かったらしく、
万葉集などには雪の風景がかなり多く描かれています。それに対して
夏の暑さを詠んだ句というのがほとんどありません。その事もあって
考案されたのが十二単という重ね着ファッションだったのです。


江戸時代に入ると逆に暑くなり雪もあまり降らなくなっていき、
雪という物に希少価値が出てきます。そのために冬場に富士山に降った
雪を洞窟などに保管して、夏場、江戸城まで運んで将軍がかき氷の
ように楽しんだそうです。その富士山に降る雪をすべてかき氷にして
楽しむ事が出来たら、全部で約22兆杯になり、全世界の人、
現在71億人ほどに振る舞うと一人3100杯ほど食べることが出来る
そうです。その全世界の中、インドネシアなど熱帯に住んでいる人は
雪のある所に行くと「寒い」という感覚を経験した事がないので
「痛い」と感じるそうです。


雪山が連なるヨーロッパのアルプス地方ではヨーデルという特徴ある
歌唱法がありますが、これは山頂から麓や谷の向こうなど遠くへの
連絡手段として発達した発声法で、なぜ裏声なのかというと、低い声
で歌うと雪崩を誘発しやすいという理由があったのです2002年、
東京書籍の中学公民の教科書では新潟県中里村の、雪国だけど
頑張っていこう!という条例「雪国はつらつ条例」が誤植で「雪国は
つらいよ条例」になっていた。

2012年12月26日 17:01

情報五つ星

12月26日  『木でつくろう 手でつくろう』

 

今日は、秋田大学で木工を教えるとともに、木工作家としての活動も
されている、秋田大学教育文化学部教授の遠藤敏明さんにお電話で
お話をうかがいました。

先生は大学卒業後、北欧の家具や生活用品に惹かれ、スウェーデンに
渡って、色々な影響を受けたり、木工を学んだりしたそうです。

 

 RIMG0411.jpg 

 

著書 『木でつくろう 手でつくろう』(小峰書店 1400円)では、
先生のスウェーデンの話や、木工の楽しさが書かれたとても
素敵な本です。
この本を読むと、皆さんもきっと木工の温かみある家具や小物が
欲しくなったり、自分の手で作ってみたくなったりすると思います。

 

 

2012年12月25日 18:27

情報五つ星

12月25日  キッチン奉行 ~遠山のゆみさん~

 


今回は、ラジオネーム なおるんるんさんから

クリスマスに毎年子供とケーキを作りますが、
材料が余ってしまう。
生クリーム、くるみ、レーズンなどを上手に
使い切るには?という相談をいただきました。


そこで、遠山のゆみさんに
生クリーム、クルミ、レーズンを使ったレシピを
いくつか教えていただきました。


●ホイップした甘い生クリーム

*バットにラップを敷き、そこに一口ずつホイップして冷凍。
 一度凍ったらまとめて袋で保存できるので場所も取りません。
 凍ったまま、コーヒーやココアに入れて楽しみます。

 

●パックの生クリーム

*生クリームにお醤油と刻んだワサビを入れると、
 ローストビーフなどにとてもよく合うソースになります。

*いつもは牛乳で煮るクリーム煮を生クリームで!
 (200ccの煮汁に対し生クリームを大さじ1杯から
  試して足りなかったら加える感じで作ってみて下さい)

*残ったお味噌汁を煮詰めて、生クリームを加え、
 パスタを和えると「和風カルボナーラ」になりますよ。

 

●クルミ

*プルーンに切り込みを入れて、クリームチーズやブルーチーズと
 くるみを挟めば簡単オードブルに。

*「ごま和え」のゴマの変わりにクルミを使うのもおすすめ。
 軽く炒って、厚手の袋に入れ、上から押しつぶします。
 お砂糖とお醤油を加えてまぜたもので、茹でたほうれん草など
 青菜を和えます。(ゴマ和えよりコクが出てお子さんに人気です)


●レーズン

*大人の方には「ラム酒漬」。ラム酒に漬けておいたものを
 紅茶に入れたり、フルーツやアイスクリームに添えるなど
 色々に使えます。

*アイスサンドクッキー
 クッキーに余ったホイップクリームやくるみ、レーズンなどを
 挟んで冷凍庫で凍らせると、簡単にアイスサンドクッキーが
 できます。

*さつまいもをみかんジュースで煮る時に、適度な甘さを加える
 ため、レーズンを入れるのもおすすめです。


ケーキ作りで余ってしまった食材も上手に使い切って下さいね。

2012年12月25日 18:16

情報五つ星

12月24日  目指せ食料自給率100% 駄菓子屋さんの後継者を見つけよう!の巻

 

今日は、静岡商工会議所 静岡県事業引き継ぎ支援センターの
清水至亮さんと、このプロジェクトを通して、「駄菓子屋カフェ」
の後継者を募集している、池田庭子さんにお越しいただきました。

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静岡商工会議所が主催しているのは、後継者がいないお店や、
空いてしまっている店舗と、
新しく事業を始めたい人、お店の経営に興味がある人を
マッチングするという企画です。

そして、池田さんは、静岡市葵区鷹匠で「駄菓子屋カフェ」経営して
いましたが、そのお店を誰かに引き継いで欲しいという方です。


子どもたちが、少ないおこずかいのやりくりを覚えたり、
地域のコミュニケーションの場として、駄菓子屋さんの文化は
ぜひとも残していきたいものです。
そこで、事業としての経営計画をきちんと立てて、継続してやって
いけるような人を後継者に選びたいということで、
静岡商工会がバックアップしながら、ふさわしい人を選んでいくそうです。


このプロジェクトに興味のある方は


静岡商工会  054-253-5113
       又は静岡商工会のホームページをご覧ください。

2012年12月25日 17:58

2時のうんちく劇場

12月25日(火)  アイザック・ニュートン

 


370年前:1642年12月25日:数学者として万有引力を発見した
アイザック・ニュートンがイングランドに誕生しました。

ニュートンはケンブリッジ大学を卒業しているのですが、
その大学生だった時にロンドンではペストという伝染病が大流行
して大学が閉鎖されています。そこで故郷へ帰ってしばらく何も
することがない生活を送っているのですが、そのヒマでヒマで
しょうがない時に偶然見たリンゴから木から落ちる様子を見て
「万有引力」の法則を思いついたのです。コノ手の話は伝記作家が
ドラマチックにしようとして創作する事も多いのですが、リンゴが
落ちるのを見て引力について考え始めたのは本当だそうです。
ただし伝記作家がもっとドラマチックにしようと
「リンゴが頭の上に落ちてきた」と話を盛ってしまった事もあって、
嘘くさくなってしまいました。


実はこの故郷への疎開はかなりヒマだったらしく、引力だけでなく
「微積分の発見」「プリズムによる光の性質に関する発見」さらに
「二項定理」という数学の難しい定理も発見して、後の学問に
影響を与える物を発見しています。


引力を発見するキッカケになったリンゴの木は、ニュートンの実家
の庭に生えていた物ですが、実はそのリンゴの子孫が東京にある
小石川植物園に移植されています。この木に受験生が御利益を求めて
触りに来るそうですが、冷静に考えてみるとこれは「落ちた」
リンゴの木の子孫です。


それでもニュートンが数学界・物理学界で尊敬され続けている人で、
アップル社は創設当初はロゴマークに「リンゴの木に寄りかかって
いるニュートン」のシルエットを使っていました。でも図が複雑だ
という事から現在の「かじったリンゴ」のマークに変更されています。
現在は白一色のリンゴマークですが以前は6色に塗り分けられて
いました。その6色は西洋では虹の色が6色だとされていたからです。
ところが現在のように虹の色は7色であると言いだした元祖は
プリズムで光を分解して研究したニュートンです。


ニュートンは研究熱心な人ですが、その研究で張りつめた気持ちを
和らげたのはネコだったそうです。ニュートンは研究室にたびたび
訪れるネコの為に毎回ドアを開けていたのですが、ある日「ネコが
自由に出入り出来るドアを作ればいい」と、ネコが出入り出来る
カーテン付きドアを作りました。これがネコ用ドアの元祖と
言われています。


そのネコに子供が出来た時、子ネコの数だけ小さなドアを作った
そうです。一生懸命、小さなドアを幾つも句作った後「ドアは一つで
充分」と気が付いたのです。

2012年12月25日 11:58

2時のうんちく劇場

12月24日  クリスマス・イヴ

 


この「イヴ」というのは聖書に出てくるアダムとイブとは
直接関係なく、イヴニングの事です。もともとクリスマスを
祝っていたユダヤ暦では「1日の始まりは太陽が沈んで
3番目の星が見え始めた時」とされていたそうです。
つまりクリスマスイヴというのは23日の日没から今日、
24日の日没までの事を指していたのです。
ですから、今晩「メリークリスマス」とパーティをやるのは
1日遅れになってしまうので、本来はクリスマスを厳粛な
気持ちでミサを行わなければいけないとなってしまいます。

 

アメリカで1990年代から発行されている俗語辞典には英語で書く
クリスマス「CHRISTMAS」ではなく、ローマ字綴りの「KURISUMASU」
という単語が掲載されていて、これの意味は「日本語でクリスマス
とはどんちゃん騒ぎをすること」と書かれています。


日本で行われるクリスマスは宗教的なミサの儀式とは関係ない
イベントという事ですが、日本人としてはちょっと否定出来ない
部分ではあります。


日本で初めてクリスマスが開催されたのは戦国時代の1552年。
フランシスコ・ザビエルが来日した時にキリスト教を許可した現在の
山口県領主・大内義隆が開催した物で、キリスト教伝来から3年目の
出来事です。といってもこの時のクリスマスは、キリスト教のミサの
式典のみで、楽しいお祭りではありませんでした。現在のような
サンタクロースが登場するクリスマスが最初に開催されたのは、
明治7(1874)年、東京築地の女学校で開催されたモノとされています。
この時「クリスマスにはサンタクロースという偉い人がやって来て、
人々に挨拶をして廻る」という事を宣教師から教えられていたのですが、
サンタがどんな服を着ているのか判らなかった事で「偉い人=殿さま」
という事から、チョンマゲのカツラと裃のコスプレをしたサンタが
人々の間を練り歩いたそうです。


日本ではクリスマスにはフライドチキンを食べるというのが定番の
ようになっていますが、これは本来七面鳥(ターキー)を食べる風習が
「日本では七面鳥がほとんど流通していない、手に入りにくい」
という事でケンタッキーさんの営業努力で定着した物です。と言っても
元々クリスマスに七面鳥を食べるというのもキリスト教とはまったく
関係なく、もともとは11月に行われる謝肉祭で食べていた物が
アメリカで「クリスマスにも食べよう」となっていった物です。

最大の理由が、安くて大きくてみんながお腹いっぱいになるという物
らしいです。
クリスマスはキリストの誕生日という事になっていますが、実際には
5月20日前後に産まれたのではないかとされています。
12月25日になったのは北欧ではこの時期がもっとも太陽の光が弱い事
から、ここから太陽の光が復活していく事を祝う日本で言う冬至の
ようなお祭りがあり、それにクリスマスになっていった物です。