メニュー

検索

GOGOワイド らぶらじGOGOワイド らぶらじ

NOW ON AIR

2012年9月

2012年9月27日 18:51

2時のうんちく劇場

9月27日  森喜朗

12年前の2000年09月27日
森首相が「ユーゴスラビアの大統領選挙はひとの国のことなので
興味がない」と発言

とにかく森さんは失言が多い方で、当時の海外の新聞では
「サメの脳みそ」と揶揄されています。サメは体の大きさの割に
脳みそが小さいという事で、海外では定番のバカにする言葉です。

失言が多いというのは思った事を何も考えずに口にしてしまう
という事なのですが、逆に考えれば隠し事がヘタで素直な人
なのかもしれません。そのため、総理大臣になった際、当時は
総理大臣は何時に起きて何時に寝たという「総理動向」を
記者に報告しなければいけなかったのですが、それに対し
「ウソを言ってもいいんだろ」と素直に発言し、その結果、
その時から新聞には「何時に起きて寝た」という報告記事が
載らなくなりました。

森さんが総理になった2000年というのはインターネットが
普及し始め「IT革命」という言葉が流行語になった時ですが、
森さんは「イット革命」と発言し、パソコンではなく携帯電話を
使ったメール送信が使われ始めた事で「電源がない所でも使える」と
聞きかじり、開発途上国会議で自慢げに「電気がなくともiモードは
使える、電気が通っていない未開地ではiモードを使えばいい」という
主旨の発言をしています。

「パソコンが出来ない人間は日陰者」という発言をし、それに対して
自分はメールを打てるという自慢で、記者団に「いやぁ今日はちょっと
指が痛いよ、昨日メールを打ったりしたもんでさ」などと自慢げに
発言しています。メールを打って指が痛いというのはどんな凄いことを
したのか気になりますが。

どこかで聞きかじった事を自分なりに解釈して喋ってしまう事では、
イタリアを訪れた時、当時ローマで活躍していた中田英寿さんを招いて
食事をしたのですが、いきなり「知ってる? 日本代表というのは
韓国チームに勝った事がないんだよ」と豆知識を披露し、即座に
「え? ありますよ」と中田さんに訂正されています。
その事もあってか、会食の後、森さんが二人で記念写真を撮ろうと
したのを中田さんは拒否しています。
日韓首脳会談の席では「オリンピックの野球で日本チームが
韓国チームに負けてくれて良かった」発言。
日本が負けたおかげで韓国の総理大臣が気持ちよく会ってくれると
言いたいらしい。最終的に支持率が急降下し1年で総理を辞める事に
なるのですが、そんな状態でも常に上から目線発言が止まらず、
後任の小泉純一郎さんが大人気だという事で「彼には『実るほど
頭を垂れる稲穂かな』という言葉を捧げたいと思うよ」と
最後まで頭を垂れなかった発言をしています。

2012年9月27日 17:26

情報五つ星

9月27日  農家を応援するレストラン

 

今日、お話を伺ったのは、静岡市葵区紺屋町(地下街)
にあるリアルフードレストラン
  伊太利亭のマスター のあくつさんです。

伊太利亭では、1週間 アンテナショップのようなかたちで、
農家が作った農作物を使ってメニューを作ったり
お店で販売したりすることを行っていくそうです。


第一回目を10月25日~31日
JA静岡のじまん市ウィークとして開催。

伊太利亭で料理を楽しみ、お店の前ではいろいろな
農家の生産者の方が新鮮な野菜を売る予定。

とっても楽しい取り組みなので今後、益々広がっていくように
ぜひ、たくさんの方に利用していただきたいですね。

問合わせ 伊太利亭  電話/054-251-0546

2012年9月26日 19:17

情報五つ星

9月26日  "味わい力"テスト

 

今日の情報五つ星は、面白いテストを紹介しました。
その名も“味わい力”テスト。
このテストは、熊本県の高橋酒造株式会社がオリジナルで作ったものです。

「食への意識」「味覚感度」「食に関する表現力」「食の知識」「食の経験」
の5つの指標を総合的に判断するテストで、生まれもった味覚力ではなく、
後天的に取得した「食を楽しむ能力」をチェックするものです。

ぜひみなさんも一度挑戦してみてくださいね。

高橋酒造株式会社のHPからどうぞ。

2012年9月26日 18:41

2時のうんちく劇場

9月26日  ジョージ・ガーシュウィン

 

114年前の1898年9月26日・ニューヨークに
作曲家のジョージ・ガーシュウィンが誕生しています。

ジョージ・ガーシュウィンというと「のだめカンタービレ」の
エンディング曲にも使われていた名曲『ラプソディ・イン・ブルー』が
代表曲です。
ガーシュウィンは少年時代はただのニューヨークの不良少年でした。
しかし友達の家にあるピアノに興味を持ち、独学でピアノを弾き始めます。
14歳の時、父親が兄のためにピアノを購入したが、
兄は文学少年で音楽には興味が無かったそうです。
しかし突然ガーシュインが習っていないハズのピアノを弾き始め、
家族全員が驚いたのです。

15歳で高校を中退したガーシュインは音楽関係の仕事を始め、
21歳の時に書いた「スワニー」という歌曲が人気歌手アル・ジョルソンに
気に入られ欧米で225万枚という大ヒットになります。
25歳になったある日、ガーシュインは新聞を見てびっくりします。
そこには『ガーシュインがこれまで無かった全く新しいコンセプトで
作られた協奏曲を発表する、乞御期待!』と書かれていたのです。
ガーシュインはそんな発表をした事もないのですが、3週間後に
行われる演奏会で新曲が発表される事が告知されていたのです。
実はこれガーシュインの才能を見込んでいたジャズ界の大御所
ポール・ホワイトマンが「ヤツは追いつめられると才能を
最大限に発揮出来る!」と考えての策略だったのです。
ガーシュインは渋々それを受け入れ、必死に3週間で「これまで無かった
全く新しいコンセプトで作られた協奏曲」を作り上げました。
それが1924年に発表された名曲『ラプソディ・イン・ブルー』なのです。

25歳で『ラプソディ・イン・ブルー』を発表し名声を得たのですが、
30歳の時「自分の作曲はまだ未熟だ」と考え、パリに住む作曲家ラヴェルの
元を尋ね弟子入りを志願しています。
しかしラヴェルに「あなたはすでに一流作曲家ガーシュインだ、
なぜ私の技術を取得し二流のラヴェルになろうと考えているのですか?」
と諭されて、門前払いを喰らっています。
それでも納得出来なかったのか、今度はスイスに亡命をしていた
ロシア人作曲家ストラヴィンスキーをも尋ね弟子入り志願をしています。
ストラヴィンスキーはガーシュインの収入を聞いて
「僕の方が弟子入りしたいぐらいだよ」と弟子入りを断っています。

ガーシュインの作曲・編曲は完璧だと人々に称賛されていたのですが、
本人は独学で勉強したために基礎が出来ていないと常日頃から
考えていたそうです。そのためにニューヨークフィルの指揮者から
ピアノ協奏曲の作曲を依頼された時、あわてて本屋で入門書を購入して
勉強し「ヘ調の協奏曲」という作品を作り上げています。
でもその「基礎勉強をしなくては」という
おごらない姿勢が名曲を生み出す原動力になっていたのかもしれません。

 

 

2012年9月25日 19:01

情報五つ星

9月25日  キッチン奉行~遠山のゆみさん~


今日のお悩みは、浜松市中区の料理が苦手な主婦さんから。


「ハチミツがたくさんあるのですが…ハチミツやヨーグルト、
ジャムなどをおかずに使うことは出来ますか?」

 


【簡単に回答を紹介します】
 
 基本的には、“砂糖”と書いてあるレシピは、
 全て“ハチミツ”に置き換えられます。
 しかし、砂糖と比べて
 ・後味が濃厚 ・粒子が細かい ・液状である
 などの性格の違いがあるので、
 こんなことを気をつけて調理してみて!

 ①焦げやすいので、火加減は弱めに。
  調理温度は低めに。オーブンなら15度下げて。
 ②使用量はお砂糖の半分に。
 ③水分を1%減らす。(少し控えめに)
 ④お菓子など「膨らませたいもの」を作るときは、
  ベーキングパウダーを一つまみ追加。


 ジャムは「甘み+酸味+香り+トロミ」のあるお砂糖のようなもの。

 甘いヨーグルトは「乳製品のコク+甘み+酸味」と考えれば、
 マヨネーズに甘みと酸味を加えるようなお料理
 (例えば…コールスローサラダやえびマヨのソース)に使えます。
 
 自分の五感を信じて、いろいろとチャレンジしてみてくださいね。

2012年9月25日 16:49

2時のうんちく劇場

9月25日  天皇家の生物研究者


63年前の1949年09月25日:昭和天皇の最初の著書
『相模湾産後鰓類図譜』(さがみわんさん・こうさいるい・ずふ)が岩波書店から発刊

この後鰓類(こうさいるい)というのはウミウシの事です。

実は昭和天皇は天皇としての公務の傍ら、ウミウシや貝などの海洋生物や、
変形菌(粘菌)やキノコ類など、ちょっと地味で気持ち悪い系の生物を
研究していました。特に興味を持ったのはクラゲやイソギンチャクを
小さくしたようなヒドロ虫という生物で、ヒドロ虫研究の第一人者
(と言っても専門に研究している人が昭和天皇しかいない分野ですが)
として7冊ほど著書を発表しています。

相模湾の生物で12冊、別荘地のある那須や下田須崎の植物について
6冊ほど本を書いています。動植物の生態系に関して興味を持っていた
事もあって、海岸の石をひっくり返してその下の生物を調査した時、
調査後はひっくり返した石は必ず元に戻し、来たときと同じ状態にしたそうです。

相模湾の海底の泥を調査する時も、底曳きで泥を採取し、陸に戻り
その中に潜んでいる微生物を採取した後、採取した泥はもう一度
採取ポイントに戻り海底に捨て、極力生態系に影響を与えないように
していたそうです。

お金にならない研究は昭和天皇だから出来たという見方もありますが、
その研究によって相模湾から伊豆に掛けての海には特殊な生物が
沢山いる事が発見されています。
太平洋の生物がこの地域に向かって流れて来る事から、原始的な物や
新種など様々な生き物が発見され、昭和天皇は貝だけでも
110種類ほどの新種を発見し、他の生物も100種類近くの新種を
発見しています。

現在の天皇はハゼ研究の第一人者として業界では有名で、
何種類かの新種のハゼを発見し、学名に
「Platygobiopsis akihito:プラティゴビオプシス・アキヒト」
「Exyrias akihito:エクシリアス・アキヒト」と付けています。

現在の皇太子は生物学ではないのですが、オックスフォード大学に
留学している時にテムズ川の研究をしていいます。
それまで誰も資料としてまとめていなかった分野の学問で、
それをイギリス中の図書館に通い詰めて膨大な論文にまとめ上げ、
現在はそこから発生したテムズ川に関する研究が始まっているそうです。

秋篠宮親王はナマズの研究者として一部では有名な方です。
そして『生き物文化誌学会』の設立に尽力しています。
この学会の名前を『生物』ではなく『生き物』にした理由は、
カッパなどの伝説上の生き物も研究したいという想いが
込められています。そしてナマズ研究者という事から結婚する前に
紀子さんとのデートでも新大久保にある(当時)日本唯一の
ナマズ料理専門店「なまず家」をよく利用したそうです。
そして婚約指輪もナマズがデザインされている物だったそうです。

 

 

 

2012年9月24日 18:40

情報五つ星

9月24日 目指せ食糧自給率100% 高校生が商品開発 トマト豆腐「ピンクゥ」の巻

今日は県立藤枝北高校の生徒と地元の生産者さんが共同開発した
“トマト味のお豆腐”「トマト豆腐 Pinku(ピンクゥ)」について、
静岡県立藤枝北高校 生徒課長の西尾先生にお話を伺いました。

高校生と地元の生産者の方がトマト味のお豆腐を共同開発した「ピンクゥ」、
トマトは藤枝市内で栽培されている高濃度フルーツトマト「ふるさと」を使用。
大豆も静岡県産を使用しています。
オリーブオイルや塩で食べるのがおススメ。

IMG_1843.jpg

ピンクのカワイイパッケージで、お豆腐もうっすらピンク色です。

現在、藤枝市のスーパーマーケットで販売中。1つ228円。
また、11月23日に開催される北高ストアでも販売します!
ぜひ一度ご賞味あれ~。

2012年9月24日 18:29

放送後記

9月24日 スタジオゲスト そのまんま美川さん♪

今日のオタックチャンスは、
そのまんま美川さんがスタジオに来てくださいました。

IMG_1844.jpg

美川憲一さんにそっくりなそのまんま美川さん、
今回も面白トークを繰り広げてくれました。

そのまんま美川さんは、来月13日(土)19時~伊豆市土肥で行われる
土肥神社例大祭 歌謡ショーに今年も出演。素敵な歌を楽しめます♪
ぜひ、そのまんま美川さんに会いにお出かけくださいね~。

2012年9月24日 16:40

2時のうんちく劇場

9月24日  テニス

 

74年前;1938年09月24日:テニスのジョン・D・バッチ選手が
4大大会を制覇しました。

全豪オープン、全仏オープン、全米オープン、
そしてイギリスのウィンブルドン選手権の4大会を
始めて制覇したのがこのバッチ選手なのですが、
その時にグランドスラムと言う呼び名が誕生しています。

イギリスの大会は「ウィンブルドン選手権」と言いますが、
第1回大会は1877年になぜか「クロッケー・クラブ」という
ゲートボールのルーツになったスポーツのクラブが主宰しています。
実はこの大会を主宰したクロッケーのクラブは
当時、財政難に陥っていて、コートを整備するための
ローラーも故障したままでした。
その時に「最近、テニスってのが話題になってるよね。
まだどこも大きな大会をやっていないので、いま開催したら
話題になるんじゃない?その入場料でローラーを修理出来ないかな?」
という目論みで開催されたのが後に「ウィンブルドン選手権」と
呼ばれるテニス大会の第1回だったのです。

この大会が思ったより客の入りが良く、
ローラーの修理をしてまだオツリが来る程だった事から
気をよくしたクラブは翌年から毎年開催する事となったのです。

テニスは自分のコートに入ってきたボールをワンバウンド以内に
打ち返すという物ですが、このルールになった理由は
「昔のボールはワンバウンド以内で打ち返すしか方法が無かった」からです。
というのもテニスが始まった当初、中に空気が入ったボールを作るのが難しく、
ボールの中に羽毛などを詰めていました。
このボールというのが全然弾力がなく、ワンバウンドした後は
ほとんど弾まないでボトッと落ちてしまう事から、自然と
ワンバウンドで打ち返さないと試合が続かない、となっていました。
その後、空気の入った弾むボールが登場してからも、その時の作法が
伝統的に残されルールに組み込まれていったのです。

初期のボールは弾まない物だったのですが空気入りのボールになった直後は
逆に異常なほど弾むようになって、跳びすぎる、スピードが上がりすぎる、
という苦情が寄せられ、今度は「弾まない工夫」がされるようになります。
それがテニスボールの表面に毛羽立ったフェルトを付けるという事です。
これによって弾むことをコントロール出来るようになっていったのです。
そして表面のフェルトはなぜか黄色です。テニスボールというのは
時速200キロ程度で打ち返されてくるのですが、あのボールが青い色だと
光の屈折の関係で見た目より遅く感じてしまうそうです。
赤い色のボールにすると逆に早く感じてしまい空振りをする事が多くなるそうです。
それらの研究の結果が黄色いボールで実際と視覚がバランス取れるそうです。
卓球の球も以前は白でしたがオレンジ色になったのは同じ理由です。

2012年9月21日 17:12

キャスドラスクーピー

2012.9.21 ★「町おこし 沼プロ 人力車!!」

沼津市大手町 仲見世商店街に行ってきました。

なんと、ここでは期間限定で人力車に乗れるんです!!

人力車をひいてくださるのは、沼津プロレスのプロレスラーの方なんです★

20120921_165536.jpg

今日は、運行日ではないため、特別にヒラキングになった

沼津市役所の鍵山さんがひいてくださいました。

続きを見る »