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2011年11月

2011年11月30日 17:54

キャスドラスクーピー

11月29日(火) わさびめし♪

 

大人の階段を登りに

伊豆市修善寺にある虹の郷に行ってきました!!☆

 

わさびめし (14).jpg

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2011年11月30日 17:41

情報五つ星

11月30日(水) 今話題の離婚式とは?!

今日のトレカルでは、
今話題の「離婚式」についてとりあげました。
お話をうかがったのは、
離婚式プランナー 寺井 広樹(てらい ひろき)さん。

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2011年11月30日 16:23

2時のうんちく劇場

11月30日 初代・林家三平

1925年11月30日:「昭和の爆笑王」
初代・林家三平さんが 誕生した日です。

 普通、落語家は徐々に名前を変えて大看板になりますが、
林家三平さんはデビューから真打ちになって亡くなるまで
「林家三平」を名乗り続けたという珍しい方です。資料によると、
父親だった林家正蔵師匠から「お前は根が甘ちゃんだから林家甘蔵だ」
と最初の名前を付けられたという事になっていますが、
実際にはこの名前で高座に上がった事はないので
デビューから亡くなるまで林家三平を名乗っています。
林家三平さんはどんな場でも人々を笑いの渦に巻き込む方で、
先週お亡くなりになった立川談志さんが
1971年の参院選に立候補した時の応援演説に登場した時は、
談志さん目当てではなく三平さん目当ての人々で
パニックになったそうです。そこで「ど~もすみません林家三平です、
え~林家三平が、林家三平がやって参りました」といつもの調子で
自分の名前を連呼していたので『林家三平』と書かれた
無効票がかなりの枚数あったとも言われています。そして、
その時立川談志さんは最下位落選しています。
 三平さんの代表的なギャグに、頭に握り拳をあてて
「ど~もすみません」というのがありますが、
それを息子の正蔵さんがやると「親父のギャグをパクった」なとど
他の芸人さんから突っ込みが入る事もあります。が、
実はこのフレーズ元々は三平さんの父親7代目林家正蔵が
使っていたギャグなので、一家相伝のネタで現在の正蔵さんが使っても
大丈夫なのです。三平さんの芸はいい加減に見えて
かなり計算されたモノで、その為に弟子達にも
かなりキビシイ指導をしていたそうです。その為に長男の稽古の時も
容赦はせず、毎回のように拳骨で殴っていたそうです。
その姿を見た弟のいっ平が「お兄ちゃんはいつもコブだらけだね」
と言った事から「こぶ平」という名前がついたそうです。
こぶ平さんはその名前を「父が厳しい指導をしてくれたので
今の自分がある」と誇りに思って使っていたそうです。
 林家三平は1980年9月20日に亡くなってしまったのですが、
その臨終の際に病院のベッドの上で小さな声で何かを喋っているので
耳を傾けると「ど~も…加山雄三です」とギャグを言っていた。
それが最期の言葉になった。と噂されているが、
これは林家こん平のネタで実際には違ったそうです。
でも「いかにも言いそう」という方なのです。
そして林家三平さんの何が凄いかというと、普通落語家の一門は
師匠が亡くなると解散して、枝分かれしていくのですが、
1980年に亡くなって31年経った今でも「初代林家三平一門」として
結束している珍しい落語家なのです。今は長男が正蔵を継ぎ、
亡くなった当時10歳だった次男が三平の名前を継いでいますが、
現在もその一門が続いている、
それほど人々に慕われ続けている落語家なのです。

2011年11月29日 16:25

情報五つ星

11月29日 キッチン奉行~遠山のゆみさん~

今日の質問は、「柿の長期保存は可能ですか?」(藤枝市・鶴舞公園さん)
というものでしたが、お答えは、「ちょっとキビシイ・・・!」でした。
柿はとってもデリケート。生に近い食感を保つのはほとんど無理ではないか…
ということでした。ぬらしたティッシュをヘタに付け冷蔵庫で保存すれば、
通常2~3日が一週間ぐらい持たせることはできるそうです。
柿は意外とお料理に向く食材。
加工して楽しんでいただくことがオススメだということです!

2011年11月29日 16:12

2時のうんちく劇場

11月29日 指

1849年11月29日:イギリスの電気学者ジョン・フレミングが誕生しています。
フレミングというと指を使った「フレミングの法則」でお馴染みですが、
左手で作ったサインで親指が「導体に掛かる力」、人差し指が「磁界の方向」、
中指が「電流の流れる方向」となって、暗記法の一つになっています。
もっとも右手で同じ事をやる「フレミング右手の法則」というのもあるので、
どっちがどっちだっけ? と悩んでしまう事になっています。
本日はそこで使う指についてお話したいと思います。

 人間の指は5本ありますが、実は太古の3億6000万年ほど昔、
始めて海から陸地に上がって生活が出来るようになったとされる
イクチオステガと呼ばれる両生類の段階ですでに5本指だったと言われています。
つまり生物的にはもっとも5本という数が機能的だという事が
進化の過程で判明しているのです。
 人間にとって一番身近なモノを計る道具は指です。
その事からインチ(2.54cm)という長さは親指の関節の横幅が基準となっています。
もっと細かく言うとローマ帝国のチャールズ大帝の親指の幅だと言われています。
ついでに言うとフィート(30.48cm)という長さは
チャールズ大帝の足のサイズが基準になっているとされています。
とりあえずインチの12倍はフィートとなっています。
 西洋ではそういう形なのですが、長さの単位「尺」30.3cmは
指から来ているとされています。親指と人差し指を広げた長さが基準で
出来た長さと言われてますが、30cmも指は広がりません。
この尺という単位は中国で生まれたモノなのですが、
西暦300年頃に作られた物差しは1尺が16cmほどだったので、
いつの間にか倍近い長さになっていたみたいです。
『日本書紀』の中でも日本武尊(やまとたける)の身長を1丈ほどあった
と書かれていて、1丈は10尺の事なので尺が30cmと計算すると
3メートルの身長になってしまいます。が、16cmと考えると160cmなので
普通の身長なのです。つまり、元々の尺の長さは指を広げた長さなのです。
 指という由来の食べ物はバナナです。
西アフリカで指を意味する「banema(バネマ)」という言葉が語源となっているそうで、
英語でバナナを表現する時に一房は「a hand of banana」、
一本では「a finger of banana」とするそうです。
もうひとつ食べ物ではフランスでは「マドモアゼルの指」と言えば
白いアスパラガスの事。グルメだったルイ14世が
「この美しさはマドモアゼルの指先のようだ」と呼んだことに由来する。
 ちなみにフランスで男性に向かって小指を立てると、
相手のおティンティンが小さいことをバカにする意味になるので要注意。

2011年11月28日 20:54

キャスドラスクーピー

11月28日(月) 薔薇をもっと楽しんで♪ ☆永井さんの取組☆

菊川市中内田のバラ農家☆永井薔薇園にお邪魔しました。

20111128薔薇園 (41).jpg

こちらの永井さん、薔薇をたくさんの方に楽しんでいただくために、様々な活動をしているんです。

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2011年11月28日 16:29

情報五つ星

11月28日 『目指せ!食料自給率100%!静岡市の街路樹がすっごい少ないって、ホント~!? の巻~!』

DSCN2459.jpg

「街路樹」…みなさんは、ふだん意識したことがありますか?
静岡市って、実は、びっくりするほど街路樹が少ない街なんだそうです。
今日は、そんな話題を取り上げてみました。
スタジオに、歌人で、元国連WAFNIF親善大使、そして
静岡のみどりを増やす会代表の、田中章義さんをお迎えして、
お話しを伺いました。

静岡市が、政令指定都市でワースト2である現実、
なぜそうなったのかの検証、今後の展望など…、とてもわかりやすく
お話ししてくださいました。

静岡のみどりを増やす会では、公開フォーラムも予定しています。
日時:2012年2月9日(木)  18時30分~20時30分(会場、18時)
会場:静岡音楽館AOI・7階
チケットは、054-270-6000・静岡のみどりを増やす会 まで。

2011年11月28日 16:15

2時のうんちく劇場

11月28日 言ってない名言

1878年11月28日:物理学者「寺田寅彦」が誕生

 この寺田寅彦さんは最初文学者を目差していて、
夏目漱石のもっとも古い弟子として
「吾輩は猫である」の中にもモデルとなった人物が登場してきます。
この寺田寅彦さんが語った名言に『天災は忘れた頃にやってくる』
という物があります。昭和15年頃、寺田寅彦の弟子・中谷宇吉郎が
「関東大震災が起こった時に師匠の寺田寅彦が
この言葉をエッセイで書いた」と新聞で紹介したのですが、
戦争が激化しつつあった時代だったので「常に備えておけ」という事で
有名な言葉になりました。この時すでに寺田寅彦は亡くなっていました。
そして戦後になって新聞で名言についての解説を頼まれた
弟子の中谷宇吉郎が詳しくこの『天災は忘れた頃にやってくる』
について紹介しようと、寺田寅彦の作品を調べ直したのですが、
どこを探しても『天災は忘れた頃にやってくる』という言葉、
あるいは似たような言葉が出てこないのです。どうやら中谷宇吉郎は
自分で考え出した言葉を先生の名言として発表してしまったらしいのです。
実は当人はそのような事を言っていないのに
「名言」として出回っている言葉があります。
 たとば、徳川家康の
『人の一生は重荷を背負って遠き道をゆくが如し、いそぐべからず』
という名言。重みのある人生訓としてよく使われる言葉なのですが、
実はこれも家康さん語っていません。
とりあえず「家康が子供に残した言葉:遺訓」とされているのですが、
沢山残されている文章の中に、16人もいた子供に宛てた文章は
現時点では1枚も発見されていません。この言葉が有名になったのは
明治時代以降の話で、明治時代初期、何者かによって
「家康の直筆の掛け軸が発見されました」と全国の東照宮に
この言葉が書かれた掛け軸が奉納されるという事件が起こっています。
現在ではその掛け軸は偽造作品だと判明していますが、
当時は大騒ぎになって、そこに書かれていた
『人の一生は重荷を背負って~』という言葉が大流行しました。
実はこの言葉のオリジナルは家康の孫にあたる
徳川光圀(水戸黄門)が書いた『人のいましめ』という
教訓にあった物なのです。と言いつつ、この
『人のいましめ』という教訓も光圀の作品ではないとも言われているので、
実際には作者不詳なのです。
 戦国武将・毛利元就が亡くなる直前、枕元に3人の息子を呼び寄せ
「1本の矢は折れやすいが、3本の矢は簡単には折れない」と
力を合わせろと説いた名言があります。が、これも完全なる創作話です。
実は長男の毛利隆元は父親より8年早く亡くなっています。
次男の毛利元春は父の臨終の際、出雲で戦っていたので
その場にはいなかったのです。この3本の矢のオリジナルは
イソップ童話です。イソップ童話は戦国時代にイエズス会が
日本に持ち込んだのが最初なので、
それが日本を舞台に翻訳されたという事らしいです。

2011年11月25日 19:22

キャスドラスクーピー

11月25日(金) 今週末は「みなと夢市」へ☆ ~お助けスクーピー~

去年に引きつづき、エスパルス通り港町商店街から、お助けスクーピーの依頼をいただきました☆★☆

小さいDSC_0595.JPG

ご協力いただきありがとうございます。

小さい20111125エスパルス (11).JPG 小さい20111125エスパルス (17).JPG 

今日は今週末行われるイベントのPR、そしてお掃除をさせていただきました♪

小さい20111125エスパルス (7).jpg 20111125エスパルス (28).jpg

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2011年11月25日 18:03

キャスドラスクーピー

11月24日(木) 駿府公園!

 

 

 

毎月、第4木曜日は歴史に関わるお出かけスポット!

静岡市内では、駿府公園!

 

 

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