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2011年3月

2011年3月31日 17:09

情報五つ星

3月31日 「商品開発の秘話を絵本に!」

今日は絵本の話題です。
絵本といっても、ただの絵本じゃないんです!
実は、食品や化粧品などのブランド物語や、開発の苦労などを
親しみやすい絵本にしている、というものなんです!

このアイデアを提案している絵本出版社、東京の「えびばで号」の代表、
土屋健さんに、電話でお話しを伺いました。
 ※ブランドイメージを伝える上で、絵本は親しみやすく読みやすい。
  他の販促物よりも印象に残るのではと思い開発。
  もともと「えびばで号」では絵本出版を手掛けていたが、
  新たに商品の販売促進用に企業から
  オリジナル絵本の製作を請け負う事業を、と始めた。
  第1弾、「空飛ぶ科学者とバウムクーヘン」は、
  東京・銀座に1月オープンした洋菓子店の、科学者出身の社長の
  バウムクーヘンにまつわる思い出や、原料へのこだわりなどを描き、
  3万冊を買い物客に無料で配った。※
とのことでした。
「えびばで号」では、絵本作家も30人抱えているため、
1冊あたり300円~500円という安価な受注金額を実現。(但し、1万冊から)
作家養成講座も開き、絵本を作る人を増やす活動もしているそうです。

問い合わせ先・TEL : 03-3351-9555  ご興味のある方は、こちらへ!

2011年3月31日 16:58

2時のうんちく劇場

3月31日 ハイドン

1732年03月31日、オーストリアに作曲家のヨゼフ・ハイドンが生まれています。
「古典派音楽の父」と呼ばれ、100曲以上の交響曲を作り「交響曲の父」とも呼ばれています。

 ヨーロッパでは今でも人気がある作曲家で、オーストリア出身ですが、ハイドン作曲の「神よ、皇帝フランツを守り給え」と言う曲は現在ドイツの国歌になっているほどなのです。交響曲を100曲以上作ったので、テーマも多岐に渡っていて色々な演出が施されています。例えば「交響曲第94番ト長調:驚愕」では静かな演奏が続く第2楽章で唐突に大音量の和音が響くのですが、これは居眠りをする客を起こすために作られた曲だと言われています。
 交響曲45番「告別」の最終楽章では、演奏者が1人ずつ演奏を辞め、ロウソクの火を吹き消し抜けていき、最後にはバイオリン奏者2人だけになってしまう。 最後の二人とはハイドンとコンサートマスター。
 交響曲第60番は「うかつ者」という曲名で、翻訳によっては「薄馬鹿」と呼ばれています。楽しい曲調なのですが、途中でおかしな和音が出てきて終楽章の途中でステージ上で調律が始まるという、コミックバンド的な演出もあります。
 ハイドンが作曲したカノンに『悪妻』(Das bose Weib)というのがあるのですが、これは実際にハイドンの奥さんがまったく音楽に興味が無く、当時も凄い人気だったハイドンの仕事を理解していなかったそうです。そのために書きかけだった楽譜をケーキを作る台にしたり、キャベツを包んでみたり、自分の髪の毛をロールする時に一緒に捲いてみたり、とんでもない事を平気でやる人だったそうです。そんな奥さんに認めて欲しかったらしく『天地創造』という大作が大成功となり新聞などで大絶賛されている記事を見せた所「私の知ったことじゃないわよ」と悪態をつかれたそうです。
 ちなみにハイドンはベートーベンの少年時代に音楽教師として和声の家庭教師をしていたのですが、「彼は音楽的才能に恵まれていないので将来音楽家として成功しないね」と語っていたそうです。

2011年3月30日 16:41

情報五つ星

3月30日 「子育て何でも相談室」

たいへん好評の、このコーナー!
今日も"育児漫画家"の高野優さんに
電話で、子育てに関する質問にお答えいただきました。

春休み、兄弟・姉妹が寄ると触ると、取っ組み合いの大喧嘩!な~んていうのは、
昔から繰り返されている、当たり前の光景...。
家の中で悶々としている子どもたちを外に連れ出し、一緒に気分をリフレッシュ!
公園などで、ちょっと仕組んで子どもだけ置き去りにしてみては...?
すぐに仲直りしちゃいますよ。子どもなんて、そんなものです。


何かと不安が多い、昨今の事情...新入学・入園を迎える子どもたち。
新生活が始まる子どもたちの心は、それでなくても不安定!
そんな時、親が不安を表現してしまったら、子どもはどうすればいいの!?
さあ、お母さんの出番です!楽しい出来事が待っている!大丈夫!と励ましながら、
一緒にがんばってあげましょう。

高野さんのアドバイスには毎回、勇気づけられますね!
次回も、お楽しみに~~♪

2011年3月30日 16:33

2時のうんちく劇場

3月30日 消しゴム

1858年03月30日:アメリカのハイマン・リップマンが消しゴムをニカワを使って鉛筆の上の部分に固定させる「消しゴム付き鉛筆」を発明。

 もともとリップマンさんは売れない画家だったそうですが、すぐ消しゴムが無くなってしまうと言うことから考え出したアイディアだったのですが、友人達から「それ便利なので特許を取っておけよ」と言われて特許を取得したそうです。今だと、鉛筆だけじゃなく、シャープペンにも消しゴムが着いていて、当たり前すぎるモノかも知れませんが、鉛筆の後ろに消しゴムを付けると言うアイディアは凄い発明で、その権利を10万ドルで買いたいという企業が現れて売却しています。約150年前の10万ドルは現在では1億円近い金額だと言われています。
 消しゴムに関しての雑学でよく言われているのは「昔、絵を書くときに消しゴム代わりに使っていたのはパンで、その消しゴム代わりのパンと区別するために食べるパンを「食パン」と言う」というモノです。これクイズ番組とかでもよく出される雑学なのですが、諸説あってこれが答えというワケではありません。確かに絵を書くときにパンのような小麦を練ったモノを使う場合がありますが、現在市販されているパンを使うとパンに含まれた油で紙が汚れてしまう事がありますので要注意です。ちなみに「食パン」という言葉は大正時代の初め頃に、中に何も入っていない食事の時に御飯代わりにたべる「主食のパン」という事で食パンという名前が誕生しています。山崎パンなどを始めとしてパン製造メーカーの多くはこの「主食用パン説」を採用していて、消しパンとの差別化説は俗説だとしています。
 ちなみに現在は「消しゴム」は一般的にはほとんど使われずに、プラスティック製になっています。名称として「プラスティック消しゴム」と呼びがちですが、ゴムじゃないので正式には「プラスティック字消し」です。このプラスティック字消しを開発したのは1959年、日本の「シードゴム工業」という会社です。人々の前に大々的に出てきたのが1967年にトンボ鉛筆が高級鉛筆として発売した『MONO鉛筆』を1ダース買った時にオマケとして付けた物が最初とされています。それまでの消しゴムは紙まで削り取るようなものだったのに対して、プラスティック製の字消しは紙をあまり傷めずによく消えると話題になったことで「鉛筆のオマケでなく単品で売って欲しい」と要望が高まり、1969年に単独商品として発売を開始して大ヒット商品となったのです。

2011年3月29日 17:06

キャスドラスクーピー

3月29日(火) 最後のコンビレポ♪ キャスター 門田直子

 

月、火てっちゃん、みのりんコンビでのレポートはこれで最後です。

今日は静岡市駿河区にある コメダコーヒーに行って来ました!!!

なぜ!コメダコーヒーに行ったかというと!!!

こちらのお店で、あの中年達が集まっているとのこと!

その人たちは!こちら!!!

20110329 006.jpg

中年キャスタ初代チャンピオンのダンディー大野さん、そして、ウィーン山下さん、竹の子シローさんです!

3人は、OYG64 というメンバーも結成してるんですよ!

今日は私と最後のコンビを組んで コメダコーヒー 静岡インター店の魅力をPRしました!

ラジオ出演は マネージャー 松浦和也さん

そして、とっても可愛らしいスタッフの中村さん 笑顔が素敵です♪

20110329 001.jpg

そして、イケメンスタッフも発見!!!

20110329 003.jpg

コメダコーヒーでは、おいしいコーヒーはもちろん、人気のシロノワールもありますよ!

お店の雰囲気もいいですし、明るいスタッフさんがむかえてくれますよ!

詳しくは こちらをチェックしてね!

http://www.talk-in.co.jp/

 

 

 

2011年3月29日 16:46

2時のうんちく劇場

3月29日 コカコーラ

1886年03月29日:アメリカ・アトランタでコカコーラが発売開始された日です。

 コーラと言う飲み物を作ったのはアメリカ・ジョージア州アトランタの薬剤師ペン・パートン(Pen Berton)という人です。コカコーラという名前ですが、実は「コカ」も「コーラ」もアフリカ産の植物の名前です。「コカ」というのは葉っぱから特殊な方法で抽出するとコカインという麻薬を取る事が出来る植物なのですが、普通に乾燥させた葉っぱを煮出すとハーブティとして飲むことが出来るカフェインが多く含まれた植物です。「コーラ」は栗のような大きさの木の実が食べられている植物で、こちらも多くカフェインが含まれています。共にアフリカなどでは気分をリラックスさせる効果や、やる気を出す効果があるとされていた事から、薬剤師ペン・パートンはそのエキスからドリンクを作る事を思いついたのです。もっとも現在販売されているコカコーラにはコカもコーラも入っていません。
 ペン・パートンはこのドリンクを宣伝費74ドルをかけて売り出したのですが、たった25ドルしか儲ける事ができませんでした。そこでキャンドラーという人物に1740ドルで製造販売権を売り払ったのです。さらにウィルス・ベナブルという人物がそのドリンクをソーダ水を溶かして飲みやすくした事で、現在のコカコーラが誕生したのです。
 ちなみにコカコーラは製造方法に関して特許を取得していないので、そっくりの飲料を作っても罰せられない。なぜ特許を取得していないかというと「特許を取得するためには、その製法を明記して公表しなくてはいけない」のです、そうじゃないと他の業者がソックリのものを作った時にチェック出来ないからです。そして「特許有効期限は出願日より20年間」という理由があって、20年間保護された後は製法も知られて真似される可能性が高
いから、あえて製法特許を取得していないのです。
 日本で一般的に販売されたのは戦後からですが、初期コカコーラのCMというと「スカッとさわやかコカコーラ」というキャッチコピーが有名です。もともと本社の方から全世界でコピーは「コカコーラを飲むべし」に統一する指導があったのですが、命令口調は日本では反感を買うということでムリヤリ「スカッとさわやか」というコピーで押し通したのです。
 中国語でコカコーラは『可口可楽』と書きますが、実は漢字だけの意味でも「口にすべし楽しむべし」と言うキャッチコピーになっている。

2011年3月29日 14:40

キャスドラスクーピー

3月28日(月) アイスがホットで元気になる?

20110328ほっとけアイス 015.jpg

「袋井市にちょっと変わったアイスを食べられるお店がある」ということで、袋井市可睡斎の前にある

「じぇらーと げんき」にお邪魔しました。

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2011年3月28日 17:37

情報五つ星

3月28日 『目指せ!食料自給率100%! フェアトレードって何だろう?その2 の巻~!

電話インタビュー:原田さとみさん
フェアトレードやエシカルファッションの推進活動をされている、タレントの原田さんに、ファッションの面から見たフェアトレードについて、お話しを伺いました。
「エシカル」とは、直訳すると「貢献」など硬いイメージになってしまいますが、この場合、生産と消費の双方にメリットがあるように、関係を築いていくことだそうです。そんな中で、活動を通して途上国の人々から教わることの多さに気づかされることも、しばしばあるそうです。そうした情報の発信を、これからも続けて行きたい!ということでした。

2011年3月28日 17:04

2時のうんちく劇場

3月28日 クリミア戦争

1854年03月28日:イギリスとフランスがロシアに宣戦布告してクリミア戦争が始まった日です。(終結が1856年3月30日なので、3月30 日のテーマでも使えます)

 このクリミア戦争は1856年3月30日まで2年間続いていますが、その前年の11月からロシアとトルコが戦っていて、トルコに協力する形でこの日にイギリスとフランスが宣戦布告して本格化したモノです。
 クリミア戦争で財産を作ったのはスウェーデン人のアルフレッド・ノーベル。彼はロシア軍の武器設置請負業者として参加しています。さらに「ダイナマイト」の発明者として巨万の富を得ています。その事から「死の商人」とも呼ばれる事になるのですが、それを反省して「平和な発明をした人物に研究資金を」ということでノーベル賞を設立しています。
この戦争で一番有名になったのは多くの負傷者を助け「戦場の天使」と呼ばれたナイチンゲールです。実は似たような活動をしていた従軍ナースは他にもいたのですが、何故かナイチンゲールだけが有名になっています。それは彼女は元々資産家の娘で政治家や報道関係者に人脈があったためで、戦場で起こったあらゆる話題を逐一新聞社に報告するいわゆる特派員のような仕事もしていたので、戦時中からイギリスでは有名人になっていたのです。
 寒い場所で戦ったクリミア戦争、負傷者の応急手当でセーターを脱がせるのが大変だった事からボタンで前をとめたセーターが考案された。それを考案した人物は第7代カーディガン伯爵。そのセーターが「カーディガン」
 他にこの戦争が生み出したものに天気図があります。寒い場所で行われていたために両軍とも苦労した事から、フランス軍がパリ天文台に依頼して天気図というモノを世界で初めて製作しています。
 作家のトルストイはロシア軍の兵隊さんでしたが、実はクリミア戦争の勃発前に除隊届けを出していたのですが、受理される直前に戦争が始まってしまい、除隊を認められず前線に送り込まれてしまったのです。その戦争中に「早く戦争終わらないかなぁ」と思いながら戦場で夜な夜な小説を書き始め、戦争終結後にそれを発表し作家として名声を得たの
です。戦争体験から平和主義者になり『戦争と平和』などの作品を生み出しています。

2011年3月28日 16:52

3月28日 クリミア戦争

1854年03月28日:イギリスとフランスがロシアに宣戦布告してクリミア戦争が始まった日です。
(終結が1856年3月30日なので、3月30 日のテーマでも使えます)

 このクリミア戦争は1856年3月30日まで2年間続いていますが、その前年の11月からロシアとトルコが戦っていて、トルコに協力する形でこの日にイギリスとフランスが宣戦布告して本格化したモノです。
 クリミア戦争で財産を作ったのはスウェーデン人のアルフレッド・ノーベル。彼はロシア軍の武器設置請負業者として参加しています。
さらに「ダイナマイト」の発明者として巨万の富を得ています。その事から「死の商人」とも呼ばれる事になるのですが、それを反省して「平和な発明をした人物に研究資金を」ということでノーベル賞を設立しています。
この戦争で一番有名になったのは多くの負傷者を助け「戦場の天使」と呼ばれたナイチンゲールです。
実は似たような活動をしていた従軍ナースは他にもいたのですが、何故かナイチンゲールだけが有名になっています。
それは彼女は元々資産家の娘で政治家や報道関係者に人脈があったためで、戦場で起こったあらゆる話題を逐一新聞社に報告するいわゆる特派員のような仕事もしていたので、戦時中からイギリスでは有名人になっていたのです。
 寒い場所で戦ったクリミア戦争、負傷者の応急手当でセーターを脱がせるのが大変だった事からボタンで前をとめたセーターが考案された。それを考案した人物は第7代カーディガン伯爵。そのセーターが「カーディガン」
 他にこの戦争が生み出したものに天気図があります。寒い場所で行われていたために両軍とも苦労した事から、フランス軍がパリ天文台に依頼して天気図というモノを世界で初めて製作しています。
 作家のトルストイはロシア軍の兵隊さんでしたが、実はクリミア戦争の勃発前に除隊届けを出していたのですが、受理される直前に戦争が始まってしまい、除隊を認められず前線に送り込まれてしまったのです。その戦争中に「早く戦争終わらないかなぁ」と思いながら戦場で夜な夜な小説を書き始め、戦争終結後にそれを発表し作家として名声を得たの
です。戦争体験から平和主義者になり『戦争と平和』などの作品を生み出しています。