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終戦直前、天竜に地下工場構想 故本田氏署名契約書、浜松で発見

(2018/6/23 07:40)
本田宗一郎氏の直筆とみられる土地賃貸借契約書を持つ甘蔗孝仁住職=22日午前、浜松市天竜区山東の光明寺
本田宗一郎氏の直筆とみられる土地賃貸借契約書を持つ甘蔗孝仁住職=22日午前、浜松市天竜区山東の光明寺

 ホンダ創業者の故本田宗一郎氏が太平洋戦争の終戦直前、戦火を逃れるために生まれ故郷の浜松市天竜区で、航空機部品などの工場を造ろうとした際の土地の賃貸借契約書が22日、同区山東の光明寺で見つかった。同氏の顕彰活動に取り組むNPO法人本田宗一郎夢未来想造倶楽部(同市天竜区)の大橋武司理事長(78)は「戦時中に国に協力するため、天竜で本田さんの地下工場構想があったと聞いた。その工場用地ではないか」と話す。
 契約書は1945年4月1日付で、覚書と合わせて2枚。本田氏の直筆とみられ、署名もある。同寺が所有していた寺の西側の山林と畑「299坪6合」(約千平方メートル)を工場用地として借りる内容。賃貸借料は「現在査定折衝中」と記され、戦時下の慌ただしさがうかがわれる。同年8月に終戦となり、建設計画は幻に終わった。現在は市営住宅団地の駐車場になっている。
 本田氏がホンダの前身、本田技術研究所を浜松市中区で設立したのは戦後。戦時中はエンジン部品製造の東海精機重工業の経営者として同区と磐田市の工場で部品を作り、航空機・自動車メーカーに納入していたが、両工場は激しさを増す空襲の被害に遭った。
 大橋理事長は「山を削り地下工場を造る発想は普通ではないと思う。国策に沿い、国のため、取引先のために力を尽くしていたのだろう」と責任感が強かったとされる本田氏の人柄に思いをはせた。
 契約書を寺の倉庫で発見した光明寺の甘蔗孝仁住職は「地域の歴史資料として大切に保管する」と話す。8月4、5の両日、同寺大黒殿で契約書を展示する予定という。

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