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田沼意次の先進性をPR 生誕300年へ牧之原市

(2018/4/16 07:48)
相良城の船着き場の跡とされる「仙台河岸」。石垣が残っている=牧之原市内
相良城の船着き場の跡とされる「仙台河岸」。石垣が残っている=牧之原市内

 江戸幕府の老中、田沼意次(1719~88年)は2018年に没後230年、19年に生誕300年を迎える。相良藩主として、現在の牧之原市に相良城を築き、商業や防災に目配りした城下町は現在の町並みの礎となっている。市は、節目を機にシティープロモーションを兼ねて「賄賂の政治家とのレッテルを払拭(ふっしょく)し、時代を先取りした先進的な政治家だったと伝えたい」と顕彰に力を入れる。
 田沼は260年前の1758年に相良藩主になった。68年には相良城の築城を開始。当時の絵図と現在の地図を見比べると、町割りや道路網に大きな変化がないことが分かる。
 市の学芸員、長谷川倫和さん(33)は相良城の立地に注目する。近くの海岸線には、松林の並ぶ自然の丘が昭和初期まであったという。長谷川さんは「防風、防潮対策が取れる場所に城と城下町を築いたのでは」とみる。
 川に橋を架け、藤枝へとつながる田沼街道を整え、港を充実。防火や景観対策として、わらの屋根を板や瓦ぶきに替えさせた。商業を重視した田沼は商人とも親しく付き合い、相良の町の人口は武士や商人、大工の増加で1・5倍ほど増えたという。翻って市は、津波対策の一環で丘の名残の場所に防災公園を設け、にぎわい創出やインフラ整備に取り組んでいる。長谷川さんは「田沼の施策と重なる面があり、田沼の先進性を感じられる。まちづくりの面でも秀でた人物だったことを知ってほしい」と話す。
 市は生誕300年に向け、記念事業の実行委を5月にも立ち上げる。18年はプレイベントと位置づけ、大型観光誘客企画「静岡デスティネーションキャンペーン」のプレキャンペーンの一つとして田沼ゆかりの町歩きを4~6月に計3回企画。相良港の防潮堤に描かれ、色落ちが目立つ田沼ゆかりのイラストも地元高校生らの手で再生してもらう予定だ。

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