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連載の結びに 清水真砂子さんを訪ねて(児童文学者・翻訳家)

(2018/7/7 13:41)
教育現場に身を置きながら、児童文学の仕事を続けてきた清水真砂子さん。誰もが生きづらさを抱える現代社会では“助けを求める力”が大切と唱えた=22日、掛川市内
教育現場に身を置きながら、児童文学の仕事を続けてきた清水真砂子さん。誰もが生きづらさを抱える現代社会では“助けを求める力”が大切と唱えた=22日、掛川市内

 今年の元日から半年にわたった静岡新聞連載「無知の知『てんかん』という現実」。35回の本編では、さまざまなライフステージで不安や葛藤、生きづらさを抱えるてんかん患者やその家族たちの姿を追った。差別や偏見はなぜ続くのか。連載を振り返るとともに、結びとして掛川市の児童文学者清水真砂子さん(77)を訪ねた。

 ■「苦しい」「助けて」声出して 生きづらさ、誰もが抱え
 清水さんは2006年にアニメ映画化されたル・グウィン(米国)のファンタジー小説「ゲド戦記」の翻訳者。長年、教育現場に身を置きながら児童文学の仕事も続けてきた。清水さんは、てんかん患者たちの苦悩の底流にある現代社会の問題点について考察してくれた。
 「なぜ今、てんかんなんですか」。清水さんは単刀直入に切り出した。確かに、てんかんは昔からある病気。きっかけは近年相次いだ患者による交通事故を機に、この病気を危険視する風潮が広がり、社会との溝が深まっているように見えたことがあった。清水さんは患者の立場をずばりと指摘した。「普段の患者は元気そうに見えて実は違う。常に障害のある身をさらさなくてはならない人々とも異なる。それが当人にもしばしば、どっち付かずな立場を強要することになっているのかもしれない」。その言葉にはっとした。
 人々を“健常者”と“障害者”に振り分ける時、てんかん患者はどちらとも言い難い。だから、社会はどう接していいか戸惑い、患者も自分の立ち位置が分からなくなる。「でも生きづらさって、誰もが抱えているんじゃないかな。私はその一因に、曖昧さを許さない今の社会があると思う。曖昧さを私たちは許容しないでしょ」
 曖昧さを許さないとは、どういうことだろう。例を示された。それは妊婦の新出生前診断。採取した血液から胎児が染色体異常と判定された妊婦の9割以上が人工中絶を選んでいるニュースだった。もちろん、命の選別は許されない。それでも自分ならどうするだろう。「私も答えが見つからない。生きるって、本当はこんなふうに割り切れないことばかりですよね。なのに、最近の風潮は黒か白かはっきりした線引きを求めたがる」。社会の問題点が見えた気がした。「行き過ぎた合理主義」。そんなフレーズがよぎった。
 現代社会は「善か悪か」「使えるか使えないか」と単純に物事を判断しようとする。個人よりも組織を優先する。だから、誰もが切り捨てられまいともがく。他人を理解し、思いやることも忘れてしまう。その先には排除と分断の社会がある。
 生きづらさを解消する特効薬はない。「それでも、私たちにできることがある。それは『苦しい』『助けて』って声に出すこと。少しも恥ずかしくない」。清水さんが最後に語ったのは驚くほど簡単なことだった。「助けを求めるのも一つの能力だと思う。それができずに、どれだけ多くの人が苦しんでいることか。でも、手を差し伸べる人にとっても、助けを求めてくれる方が実は心地いい。もし、不快に思う人がいるとしたら、その人こそが何かに抑圧された状況にあるのではないでしょうか」

 しみず・まさこ 1941年、旧朝鮮生まれ。児童文学者、翻訳家。県立高教諭を経て、76年から2010年まで青山学院女子短大専任教員。現在は同大名誉教授。93年、作家論集「子どもの本のまなざし」で日本児童文学者協会賞を受賞。「ゲド戦記」全6巻の翻訳で04年には日本翻訳文化賞を受賞した。近著に「大人になるっておもしろい?」(岩波ジュニア新書)、「あいまいさを引きうけて」(かもがわ出版)など。

 ■編集後記 相手を知ろうとする姿勢を
 「『理解する』というのは、患者でない人にはハードルが高いと思うのです」。てんかん患者の会話をインターネットで配信している和島香太郎さん(35)=東京都=は言った。患者の発症年齢や症状、置かれている立場はさまざま。てんかんという病の複雑さに悩む率直な声だった。
 有病者の割合は100人に1人。誰でも罹患(りかん)する可能性があり、患者は国内に100万人いるとされるてんかん。この身近な病気について、私たちはどれだけ知っていただろうか。
 取材のきっかけは、相次いだてんかん発作による重大事故だ。事故とその後の厳罰化により、患者の約6割が偏見が強まったと答えた調査結果がある。不寛容な社会に進んでいるのではないかという懸念。だが、当事者たちの暮らしぶりに思いを巡らすことはなかった。患者や家族を訪ねてみて初めて、長く誤解や差別に苦しんできた現実が見えた。
 愛知県の男性は無意識の状態で手が動く自動症と呼ばれる発作症状があった。電車の中で起きた発作で女性の体に触れてしまい、痴漢と疑われた。「てんかんは倒れるものだろう」。どんなに説明しても、警察官には分かってもらえなかった。県内の女性は取材の後、「家族はまだこの病を受け入れていない」と匿名を希望した。それぞれが歯を食いしばって生きている。
 前向きな動きもあった。20、30代の患者らが、闘病生活を送る子どもやわが子の進路に絶望感を抱く親たちの未来が少しでも明るくなるようにと、発信を始めている。運転のリスクを共有し、二度と悲惨な事故を起こさないように努める姿もあった。こうした活動に賛同する患者の周辺者や医療関係者がいた。
 病気や障害、性別、国籍、職業-。誰しも立場や見解の違いがある。「共生社会」という言葉が広がる今だからこそ、少し立ち止まって考える。「無知の知」。まず相手を知ろうとすることから始めたい。
 

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